君と出会うために(5)
ドアを開けてからも、凪はボクを見て放心していた。
声をかけなかったら・・・このまま動かないのかな・・・。
こんな時に、関係ないことを考えていた。
「凪・・・入って。ボクも話したいことがあるから。」
ドアを開けて凪を家に招き入れたけど・・・凪の方は、まだ少しボーッとしながら玄関を上がっていた。
「ちょっとコーヒー入れてくるから、奥の部屋にあるソファにでも座っててくれる?」
凪を案内してからキッチンへ入り、コーヒーを注ぎ始めた。
このコーヒーの匂いが好きなんだ・・・。
『好き』・・・・・凪の言ったことは本当なのかな?
うんん、信じたくない・・・。信じられない・・・。
2年前・・・親友を失ってから、ボクは誰も信じられなくなったんだ。
2年前・・・中学の時親友だった・・・親友だと思っていた保彦を裏切ったんだ。
ボクがすべて悪いと思っている。
モデルをしているという事を・・・保彦にだけは話したかった。
でも、マネージャーさんから“何時ばれるか分からないから誰にも言わないように!”って言われていた。
言えなかった。
保彦が人にバラすような奴じゃないって分かっていたのに・・・ボクは心のどこかでバラされたらどうしようって思っていた。
「なんでオレに黙っていたんだよっ!!オレ達・・・親友だろ?だったらどうしてモデルのこと一言オレに言ってくれなかったんだ?由良は・・・オレが他の奴らに言うと思ってたのか?」
今でも、その保彦の言葉が頭に浮かんでくる・・・。
バレてしまったのは、たまたま・・・・そう、本当に偶然だったんだ。
保彦のバイト先で雑誌のロケがあった。
保彦がバイトしているって知っていたけど、高校生って歳を誤魔化してたから・・・どこかまでは教えてもらってなかった。
それに・・・ボクは化粧していたし、今までポスターとか見ても気づかれなかったから大丈夫だと思ってたんだ。
「保っ、危ない!!」
よそ見をしながら歩いていた客と、コップやお皿を載せたトレイを手のひらで支えていた保彦がぶつかりそうになったのを見ていられなくて・・・思わず叫んでいた。
ボクが叫んだお陰で、保彦も客もケガをしなかったけど・・・。
「今の声・・・由良?お前・・・その格好・・・その顔・・・。もしかして、“世良”?」
バレるような形で、保彦に知られてしまった。
決心がついたら・・・必ず自分の口から言おうと思っていたのに・・・。
「ゴメン。保には・・・言おうと思ってたんだけど・・・。」
困惑していた保彦の目が、疑惑の目に変わっていくところだった。
「言おうと思ってたんなら、なんでもっと早く言ってくれなかったんだ?“世良”が雑誌に登場してきてから、半年も経っているよな?」
保彦の眼差しは、ボクの目を捉えて離さなかった。
「・・・それにはワケが!!」
「うるさいっ!!結局バレるのがイヤで、オレに言わなかったんだよな?オレが・・・他の奴らに言うと思っていたのか?そう・・・なんだな?」
「ちがっ・・・・・!」
違う、違うんだ・・・そうじゃないんだよ。
そうじゃないのに・・・声が出ない。
「由良の思っていた通り、オレが・・・みんなにバラしてやるよっ!!」
・・・・・・・・・。
あれから・・・保彦とは会えないままなんだ。
中学でボクが“世良”だってウワサになってから、ほとんど学校には行かなかった。
保彦は・・・親の転勤で、引っ越しが一週間後に決まっていた。
引っ越しの当日、ボクは保彦の家へ行ったけど一足遅かった・・・。
連絡先も知らされてなくて、3年たった今でも・・・保彦に本当のことを伝えれないまま・・・。
あんな辛い思いは・・・2度としたくないんだ。
また・・・ボクの大事な人が離れて行ってしまうなんて・・・・・。
凪を部屋に案内したものの、何も話してくれない・・・。
気まずい・・・こんな空気にボク、耐えられないよ。
「凪・・・。今日はクラブ・・・大丈夫なの?」
「あぁ・・・。今日は、ちゃんと休むって言ってきた。」
凪は何か考えてるみたいで、表情が硬いままの返事だった。
「凪・・・。担任に何か言われて来たの?」
「違う・・・ここに来たのは自分の意志だ。担任には、たまたま会ってプリント預かってきた。それから・・・ノートのコピーも。」
凪の口調は・・・ここにあらずって感じだ。
ボクと話したいって言ったくせに、何考えてるんだろ?
ボクに好きって言ったのは、何だったの?
ねぇ、凪・・・黙ってないで何か言ってくれないと、ボク・・・分からないよ。
時計の針の音だけが、コチコチと部屋に響いている・・・。
凪は、まだ何も言おうとしない・・・。
でも凪の目は、さっきと違って・・・じっとボクを見つめている・・・。
あの時の目だ。
廊下で初めて見た、凪の直接の視線・・・。
この目に見つめられると、ボクは身動きが出来ないんだ。
ボクと凪が会話をしなくなってから、20分も過ぎていた・・・。
「由良・・・オレ・・・」
凪がせっかく口を開きかけたその時だった。
プルルルル――ッ プルルルル――ッ
部屋に置いてあった電話の音が、静かだった部屋に響き渡った。