-9-
僕は横になったまま寝てしまった。
寝ているとき………夢を見た。
楽しくて…悲しくて…切ない、夢………。
僕と智之さんが楽しく部屋でおしゃべりしてる。
僕の作った料理を『美味しい。』って誉めてくれる。
優しく微笑んで、僕にキスをしてくれる。
優しく、抱いてくれる。
突然インターホンが鳴った。
智之さんがそれに出ようとする。
嫌だ。出ないで。
僕の言葉が聞こえない智之さんは玄関のドアを開けた。
ドアから姿を表したのは撫子さんで、智之さんに抱きついた。
やめて。見たくない。
二人とも僕の目の前でキスを交わした。
クスクスと笑いながら僕を見ている。
どうして。嘘だよね。
『可哀相な子……。』
『拾われたんですものね。』
『出て行ってちょうだい。』
撫子さんの声が頭の中に響き渡る。
聞きたくない!
助けて、智之さん…。
智之さんの声が響いてきた。
『君なんか、いらないんだよ。』
嘘だ!
『邪魔なんだ。』
嘘だ。
『迷惑なんだ。』
嘘…だ…。
『この家から、出て行ってくれ。』
うそ………、だ………。
やだ……、やだよぅ…………。
優しく微笑んでくれる智之さんを思い出そうとしても、僕を見下ろしながら冷たく言い放つ姿ばかり浮かんでくる。
怖い…。助けて。
誰か……助けて…。
苦しい。
熱い。
息が出来ない。
喉が焼けるように痛い。
身体の震えが止まらない。
誰か……。
誰…か……。
とも…ゆき、さん………。
#
「俊平(しゅんぺい)さん。誰かいてますぜ。」
「何?ここは空家のはずだが。」
「へい…。しかし、こっちに。あっ、こいつは確か…、ここに前住んでいた奴だったはずです。」
「ほぉ……。……何だ?こいつ、熱あるじゃね―か。」
「どうしますか?」
「連れて帰ってやるさ。おい!さっさと車をこの家の前まで回して来い!」
「へい!」
男は、翔の顔を見て、にやりと笑った。
#
うぅ……。重い。苦しい…。
何でこんなに苦しいんだよ〜。
あまりの重さにパチッと目が覚めた。開けてすぐに入ってきた視界は見ず知らずの男の人の顔だった。
「わっ!?」
慌てて飛び退こうとしたけど、男の人の大きな腕が僕の身体に廻されていて、身動きが取れなかった。それどころか、ちょっと動いてしまったせいで、無意識のうちに向こうが僕を抱きしめてきた。
わあぁぁぁ……。何なんだよぅ、この人。
力強すぎ…。智之さんと大違いだ!
あ……、とも…ゆき……さん。
そうか…、僕は智之さんの家から出て行ったんだ。それで前の家に戻ったはず……なのに。
それなのに僕はどうしてここに…?
この人は一体、誰……?
「ん……。起きてたのか?」
目を覚まして僕の上から腕を除けてたのに気付いて、すぐに起き上がってその人と寝ていたベッドから降りた。部屋の隅に縮こまる。鋭い目つきで睨まれて、その人から怖くて目が離せなかった。
「そんなにビビらなくても何もしやしないさ。」
そばにあったタバコをくわえて、シュボッと火をつける音がする。
「あなたは……、誰…?」
「俊平だ。お前の名は?」
「……。翔。深尾、翔…。」
「お前、あそこで何してたんだ?」
「あそこ……?あ……。」
何をしてたと言われても…答えられなかった。
何もしていない。
もう何もかも放棄してしまいたかった。
どうせお父さんが死んでから、一度放棄してしまっていたんだから…。
「言いたくないなら、別に言わなくてもいいさ。それよりも、腹減ってないか?」
鋭い目つきが緩んだことにハッと驚くと、気を張っていたのも緩んだのか、おなかがギュルルル…と鳴った。
「はははははっ。よし、俺が作ってやる。」
部屋の端で座り込んでいる僕の元に来ると、俊平…さんは僕の髪の毛をくしゃくしゃと手でかき回してキッチンに行ってしまった。
撫でられた頭の部分が、とても暖かくなった。
「美味しい…。」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな。」
強面の俊平さんは、意外にも料理が上手かった。
料理もほとんど食べ終わった頃、俊平さんは真面目な顔をした。
「翔、あんな所にいて、これから行く当てあるのか?」
一瞬、智之さんの顔が浮かんで、すぐに掻き消した。自然とうつむいてしまう。
「ない…。」
「それなら…当分ここに居るか?」
「えっ?」
俊平さんの言葉にビックリして顔を上げる。
「俺は大抵いない時が多いが、翔が居たいときまでいてても良いと言ってるんだ。」
そんな簡単に身元も分からないような僕を家に住まわしても大丈夫なのかな…?
そんなことを考えていることが顔に出てたのか、俊平さんは苦笑しながら答えた。
「気にしなくても良い。」
その一言で、僕は俊平さんのところに居候することになった。
03/04/13up