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智之さんが帰ってこないまま、朝が来た。

僕は…一睡も出来なかった。

それでも智之さんの朝食の用意をして、学校に行った。

 

 

「何か元気ないけど、悩み事があるなら相談に乗るよ?」

次の日の放課後、一日中ボーッとしていた僕に、委員長が声をかけてくれた。けれど、智之さんの弟でもある委員長に相談出来るわけがない。

「ちょっと寝不足なだけだから。大丈夫。」

「そう…?」

ちょっと不信がっている委員長に今できる限り精一杯の笑顔で答えた。それ以上つっこまれないように、帰る用意を始める。

「じゃあ、僕は帰るから。」

「うん。バイバイ、翔。」

「ばいばい…。」

 

校門の前を通り過ぎると、僕を呼ぶ声が聞こえた。

「翔……。」

「…………お……母さ、……ん。」

忘れるはずがない。

僕とお父さんを置いて出て行った人だから。

「ちょっとだけ、話、いいかしら?」

有無も言わさない状況だった。確かにこんなところで話していると同じ学校の生徒たちに興味津々な目で見られてしまうから、僕は学校の裏の人があまりこない路地に向かった。

「話って…、何?」

「お父さんが死んだのよね。」

「…………。」

「家に行ったら翔がいなくて…ずいぶん探したわ。」

「どうして……探した…の?」

「一人でどうしてるのか心配だったのよ。でも、弁護士さんのお宅に住まわしてもらってるみたいだったから、安心したわ。」

「弁護士…さん………?」

「名前なんだったかしら?えっと……高山さんだったからしら?」

智之さんだ。

智之さんは……弁護士だった…?

僕…そんなことも知らなかった…。

それよりも……どうしてお母さんがそんなこと知ってるの?

何で?っていう目でお母さんを見ていると、すぐに答えてくれた。

「翔が住まわしてもらってる人がいい人なのか、少しだけ調べたのよ。」

「調べた?」

「ちょこっとだけよ。それより翔、あの人が死んで、家を売ったのね。」

「お父さんの借金を返さないといけなかったから…。」

「でも、借金返済してもまだお金余ってるんでしょう…?」

お母さんの目はさっきまでの優しい目をしていなかった。

「何で…そんなこと…?」

「私にも貰う権利があるから、ここに来たのよ?わざわざあの人が死んだって聞いてから翔の居場所まで調べたんだから。」

お母さんはお金だけが目的だったんだ。

僕のことなんて心配してなかった。

「でも……お父さんが前に言ってた…。お母さんとは離婚したからって……。」

ハッと息を飲む音が聞こえる。僕が知らないと思っていたのかも知れない。けれど、小学校の卒業した日に、お父さんが直接話してくれたから、間違いないと思う。

「話ってこのことなら…僕、帰るから。」

もっとしつこく言ってくるかとおもったけど、お母さんはあっさりと引き下がった。

「そうね。今日のところは諦めるわ。そうだ、あなたがお世話になっている高山さんにも、住所は知っているから今度挨拶に行くからって言っといて頂戴。」

「絶対に来ないで!智之さんにまで迷惑をかけないで!」

僕はその言葉だけ言って、お母さんの前から走って逃げた。

 

 

智之さんの家に帰るに連れて、だんだんと足取りが重くなっていく。帰りたいけど、帰ったら駄目なような気がして。

「はぁ…。」

早く帰らないと夕食が遅くなることは分かってる。

けれど…撫子さんが言っていたことが本当なら…もう帰らない方がいいのかも知れない。それに僕がずっとあそこにいると、お母さんが来て智之さんに迷惑をかけるかも知れない。

けれど、僕の考えていることはもう一つあった。

 

智之さんが今日も帰ってこなかったら………。

 

そう思い始めたら、だんだん悪い方へと考えてしまって、僕の足は動かなくなってしまった。

怖い。

僕は、また……独りぼっちになる…。

智之さん……。

助けて……。

もう……、嫌だよ――――。

僕は…無意識のうちにお父さんと住んでいた家に向かっていた。

 

誰もいない、薄暗い部屋に入って、部屋の隅にしゃがみ込んだ。誰も住んでいない家は、ますます僕が一人ということを実感させた。

身体も心も寒くて、ぎゅっと自分自身を抱きしめる。

少し前まで窓の外が見えていたのに、今は暗闇しかない。腕時計を見ようと思っても、暗すぎて見ることが出来なかった。

どれぐらいの時間が経ったんだろう…。

もう智之さんは帰ってきてるのかな…?

寒いけど……何だか疲れて、眠くなってきた。

今度は誰も助けてくれない。

僕は…独りぼっちだ。

 

智之さん…好き。好きだよ。

でも………一緒になんていられない。

撫子さんと幸せにね…。

お母さんが来ても、僕なんかいないって言ってね。

 

あの時、僕を抱いてくれた時、嘘でも『愛してる。』と言ってくれて、すごくすごく嬉しかった。

その言葉だけで…十分…だよ……。

 

自分自身を抱きしめたまま、横になって目をつぶった。

 

 

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03/03/16up