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智之さんから帰りが遅くなると連絡があって、僕は先にお風呂に入ってリビングでテレビを見ていた。智之さんが帰ってきたら、夕食を温めてあげたらいいだけにしてある。けれど、11時を過ぎても帰ってこなくて、久しぶりに学校に行った疲れが出てきて、だんだんと瞼が重くなってきた。

「智之さん…遅いなぁ……。」

だんだんと欠伸をする回数が増えてきた。見ているようで見ていないテレビの雑音を聞きながら、僕はそのままソファの上で眠りに落ちていった。

 

温かい温もりと共に、ふわっと身体が浮かび上がるような感覚に陥る。

何だかふわふわしてる…。

空を飛んでいるような。

それに、すごく温かい。

気持ちいいな…。

「……翔くん…。」

半覚醒気味で、うつらうつらしながらその温かいものにしがみついていると、ふわっとした感覚がなくなって唇に少しひんやりとした柔らかいものが触れて離れていった。

そのまま朝まで目覚める事のない、深い眠りについた。

 

 

 

 

鳥の鳴き声で目を覚ますと、ソファで眠ってしまっていたはずの僕はいつの間にかベッドへと移動されていた。大きいキングサイズのベッドに寝ていた僕の隣りには、智之さんが小さく寝息を立てながら眠りについている。カーテン越しに空が明るいのが分かる。

ここにお世話になり始めてから今日までずっと、僕と智之さんは同じベッドで寝ている。

寝ていると言っても、何もやましいことがあるわけじゃないんだけど…。智之さんのベッドがキングサイズで僕がお邪魔しても全然大丈夫だから、一緒に寝かせてもらっているだけ。ベッドを買うお金もなかったしね。今はそれぐらいは替えるけれど、今更…と思ってるし、智之さんも何も言わないからお邪魔しっぱなし。

しばらく智之さんの寝顔に見入ってしまって、ちょっと恥ずかしくなってベッドから降りようとした。体を起こしたとたんに腕を引っ張られて、僕はもう一度ベッドへと沈み込んだ。

「とっ…智之さん?」

もしかして起こしちゃったのかも…と思って智之さんを見ると、僕の腕を掴んだまま寝ていた。

 

……どうしよう……。

仕事で疲れているだろうから、起こすのも悪いし。

 

智之さんが「ん…。」と寝返りをうつ。僕の腕も一緒に動いて、僕はすっぽりと抱きしめられるような形になってしまった。

自分のじゃない温かさが伝わってきて、ホッと肩の力を抜く。僕は気持ち良さに負けて、2度寝をしてしまった。

 

 

「翔くん、そろそろ起きないと、お昼過ぎてしまうよ。」

軽く肩を揺すられているのに気がついて、重いまぶたを持ち上げた。

「あ…、…あれ?」

「クスクス…。翔くん、寝ぼけてるのかな?」

さっきまで一緒に眠っていた智之さんは、とっくに着替えて髪の毛もちゃんとセットしている。何度か瞬きを繰り返した後、僕はやっと今の状況を把握した。

「おっ…おはようございます。寝坊しちゃった…。」

「今日は休みの日だし、気にしなくてもいいよ。」

「智之さんは休日出勤ないの?一日お休み?」

「私もお休みだよ。ただ、昼から弟が家に来るらしいんだが、いいな?」

「気にしないで。僕は居候だから。」

 

僕は智之さんの弟がどんな人だろうと考えてしまって、慌てて起きて作ったお昼ご飯のチャーハンの量を間違えて大量に作ってしまった。後片付けをしてリビングでコーヒーを飲みながら、残りは夕食に廻そうと話しているとき、チャイムが鳴り響いた。

「弟が来たみたいだね。ちょっと玄関を開けてくるから、翔くんはここで待っててくれる?」

ソファに座っている僕を残して、智之さんは玄関に向かった。玄関の鍵が開く音がして、二人の会話らしき声が聞こえてきた。

「久し……、……だった?」

「…之、何だ……は。」

「あー……気に…ない。それよりさ、……なんだよ。」

「それなら、チャーハンが残ってるが。」

リビング向かいながら話しているせいか、途切れ途切れにしか聞こえなかった会話が、はっきりと聞こえるようになった。

「兄貴が作ったのか?」

「そんなわけないだろう。」

「そうだよな。家事全般は何も出来ない人だし。……じゃあ、誰の手作り…?あれっ!?翔?どうしてここに?」

リビングに入って僕の目の前に姿をあらわしたのは、昨日話したばかりの委員長だった。

「い…委員長?………智之さん…の弟…?」

最初の言葉は委員長に向けて、後の言葉は智之さんに向けたもの。僕が戸惑っていると、智之さんと委員長は何だか納得した様子で二人して頷いている。こうやって並んでいるところを見ると、ちょっと似てるかも知れない。

「翔くん…高之のこと知ってるみたいだけど、紹介しておくね。私の弟、高之。苗字が違うのは親が離婚しているから。月一ぐらいで遊びに来たりするけど、全く気にしなくてもいいよ。」

「気にしなくていいって…兄貴…。あ、もしかしてチャーハンは翔が作ったのか?」

「そうだ。美味しいよ。」

その言葉を聞いて、委員長はリビングからキッチンの方に行き、チャーハンの乗ってあるお皿とスプーンを持って僕の前に座って食べ始めた。

何だか学校にいる時の委員長より話し方が砕けた感じがする。やっぱり智之さんがいるからかな。学校みたいにちゃんとしなくてもいいもんね。

 

その後、僕は邪魔だろうからと部屋に戻ろうとしたら、委員長に止められて結局委員長が帰るまでリビングにいた。3人で外に食べに行って、委員長と別れて家に戻る頃には夜の10時過ぎになっていた。その間僕は委員長に話し掛けられて話すばっかりで、智之さんは全然話してなかった。

「今日は、ありがとう。」

智之さんにお礼を言われても、何のことか分からなかった。首をかしげていると、頭をポンポンとされた。

「いつも高之は来ても、もう少し早く帰るんだ。こんなに夜遅くまで残ってたのは初めてだよ。離れて暮らしてから、少しずつ溝が出来てしまってね。ただ…もう少し私とも話して欲しかったかな。」

「智之さん……。」

「さっ、そろそろお風呂に入りなさい。よく温まるんだよ。」

「うん。」

少し悲しげな智之さんをしり目に、僕はお風呂に入りに行った。肩まで沈んだ身体は、今日の疲れを取り除いてくれる。もっとお風呂に入っていたかったけど、智之さんが次に控えているからほどほどにして上がった。

 

今日の智之さんは家に仕事を持ち帰らなかったみたいで、二人一緒の時間にベッドに入った。智之さんと一緒のベッドで寝るのは好き。ドキドキするけど、ホッとする。いつもは離れて寝ているのに今朝みたいな温もりが恋しくて、自分から智之さんに擦り寄った。

「どうしたんだい?」

「んー…。智之さん、あった…かい。」

すぐに眠たくなってきた。瞼が重くなってきて智之さんの声もだんだん小さくなっていく。

「翔くん、可愛い。」

「ん…。」

「弟に渡すのは勿体無いね。翔くん、私と高之、どっちが好きかな?」

「………智之さんのほーが好き。」

僕はかろうじで聞こえてきた質問に答えながら、智之さんにしがみついた。

「私も翔くんが好きだよ。」

唇にふわふわとしたものが触れて、ぬめぬめしたものが僕の薄く開いた口の中に入ってきた。

 

 

 

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03/02/26up