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ドアがゆっくりと開いたとき、僕はとっさにまだ寝ている振りをした。近づいてくる足音と同じぐらい、心臓の音がしているような気がした。不自然に身体が堅くなる。ほぼ顔を隠すように布団を被っていたから、起きてるなんてばれないだろうと思った。
ベッドのすぐそばで足音が止まった。
僕はもちろん動かないし、相手もそこから動こうとしない。沈黙が続いて、息が詰まりそうだった。
「……………。」
「……………ふぅ。」
相手の口から深い溜息が出た。僕の被っている布団の上に、手が触れたのが分かった。反射的に身体がビクッとしてしまった。
絶対に今の、気付いた…。
僕がビクッてしたから、相手の手が離れたし…。
怖い…。
相手が誰か分からないし、ここがどこかも分からない。
これから、僕はどうなってしまうんだろう。
いつまで、ここにいるんだろう。
早くお父さんの元に行きたい。
相手の手が僕の布団から出ている頭に触れて、ゆっくりと髪の毛を梳くように撫でた。気持ち悪いとは違った、なにかゾワゾワくるような、けれどホッとするような感覚だった。何度か上から下へ梳くのを繰り返した後、ポンポンと頭を撫でて、ベッドから足音が遠ざかっていった。
僕は頭に残っている温もりに浸りながら、また意識を遠くに飛ばしていた。
2度目に目を覚ました時、さっきまで明るかった外の光は、すっかり暗くなっていた。いつまでこうしていたらいいのか分からない僕は、ベッドの上で上半身起き上がって、窓の外を見ていた。
ベッドを音を立てずに降りると、さっきよりかは痛みが薄れている。これならと思って、ドアに向かって歩き出した。
にしても…この着せられてるパジャマ、大きい。
ここに住んでいる人の物なんだろうけど、指先を伸ばしても袖から指が全く見えない。
僕を拾ってくれてベッドまで提供してくれたぐらいだから、悪い人じゃないとは思うけれど…。
ヤクザのお兄さんみたいな人だったら、どうしよう…。
僕、今度こそ売られるとか…?
ドアをほんの少しだけ開けて、ドアを隔てて向こう側にある部屋を覗いた。3cmぐらいの隙間からなんて、ほとんど見えない。僕はもうちょっと、もうちょっと…そう思いながらドアを開けているうちに、気がつけば半分近くまでドアを開けてしまっていた。
「起きたのか?」
――― ビクッ!!!
両肩と一緒に心臓も飛び上がりそうだった。すぐ近くから声が聞こえて、僕は身を縮めて思わずドアを閉めてしまった。
「…………。」
ど…どうしよう…。
つい閉めちゃうなんて。
……………。
…?
どうして何の反応もないの?
もう一度、ゆっくりとドアを開けてみる。その隙間にドアの反対側から大きな手が入り込んできて、勢いよくドアを開けられた。
「えぇえ゛えぇ〜?」
ドアのノブを掴んでいた僕は、引っぱられるように前へとのめりこんだ。このまま地面に激突する!っと思って目をつぶったけれど、一向に地面への激突が来ない。目を開けると、中途半端なところで身体が浮いている。
「おっちょこちょいだな。」
僕の真上からククッ…と苦笑いが聞こえてきた。今の僕の体勢をよく見ると、僕の上で笑った男の人の腕で身体を支えられているみたいだった。
「ごごごごっ…ごめんなさい!!」
慌ててその人の腕から離れて、ちゃんと自分の足で立ち上がった。けれど頭がクラクラっときて、男の人の胸に倒れこんでしまった。
「貧血だな。3日間何も食べてないから、それもあるんだろう。」
「みっ……かか、ん?僕…、3日間も寝てたんですか?」
「そうだ。」
男の人に促されるようにドアから出たほうの部屋に置いてある2人掛けのソファに腰をおろした。その後、男の人は僕が腰をおろしたソファの斜め向かいにある1人掛けのソファに座った。
2人の間に妙な息苦しい間が生まれて、僕はそれが嫌で言葉を発していた。
「あの……、あなたは、誰…ですか?」
「先に自分の名を名乗るのが礼儀だろう。」
「えっ?あ、すみません。深尾翔(フカオショウ)と言います。」
「高山智之(タカヤマトモユキ)だ。」
僕は高…山さんという人を、まじまじと眺めてしまった。
高山さんは大人の男の人だった。背が高くて、ソファに足を組んで座る姿も様になっている。ワイングラスなんかもったら、すごく似合いそうな感じ。髪の毛を後ろに流して、顔の作りも僕が羨ましくなるぐらいに男前に整っている。
「そんなにジロジロ見ないでくれるか?」
「す…すみません。」
「君は…謝ってばかりだな。」
「すみまっ……あっ!」
クックックッ…と高山さんが苦笑いをするので、僕は恥ずかしくて俯いてしまった。笑う姿も様になる。笑い声が終わらないからチラッと高山さんの顔を見ると、すぐに笑うのをやめてくれた。そして、さっきまでに苦笑いと違って、僕に柔らかい微笑みをくれた。
わぁ…。
こんなに男前に笑える人なんだ。
何か…かっこいい…。
僕も、こんな人になりたいなぁ。
僕はほわわんとなりながら高山さんを見ていたけど、今の状況を思い出して慌てて緩んでいる顔を元に戻した。
「あの…僕は、どうしてここにいるんでしょうか?」
「私が連れてきたんだ。」
「どう、して…?」
「3日前、私の住んでいるマンションの階段のところに、君が倒れていたんだよ。どうしようかも思ったけれど周りに人もいなかったし、とりあえず家につれてきた。ベッドに寝かせても苦しそうに息をしていたから、慌てて知り合いの医師に見てもらったんだよ。熱がすごく出てて肺炎の一歩手前でその医師にいる病院に入院させても良かったんだが、私が心配で気になってしまってね。医師から薬を貰ってそのまま家に寝かせたんだよ。」
「マンションの前…高山さんが住んでいたんですね。僕…知らなくて。本当にありがとうございます。」
死のうと思ったのに、最後に倒れこんだマンションの人に助けられるなんて…。もうちょっと頑張って人目のつきにくいところまで行けばよかったんだ。
本当に情けないや。
自分1人が死ぬのに、この人を巻き込んでしまった。
にしても、お父さんが死んでから3日も経ったんだ…。
もしかしてあのヤクザのお兄さんたち、僕を必死で探しているのかな?
そしたら…高山さんにまで迷惑がかかっちゃうよね。
これから先のことを考えるだけで、辛くて、自然に溜息が出る。
「それで、今度はこっちが聞きたいんだが?どうして君があそこにいたんだい?」
「え…、それ…は………。」
言ってはいけないと思った。言ったら本当にこの人を巻き込んでしまう。それだけは、駄目だ。
「………言えま、せん……。」
03/01/24