9話


 

 

「何しに来た。」

ほんの少し段差のある玄関の上側から、狭山は俺を見降ろして冷たく言い放った。俺はそれでもその場から動かなかった。

「狭山と話しをしに来た。」

「話すことなんてないはずだ。お前の方から関わるなと言ったんだからな。」

直球ど真ん中を突かれて、次に言い出そうとした言葉が喉に詰まった。

 

狭山は俺を無理矢理外に放り出す事もせずに、自分だけ部屋の中に戻ってしまった。勝手に出て行けということだろう。けれど俺は靴を脱いで、狭山の後をついて行った。

未知さんが事故にあった日入れなかった狭山の部屋は、人が住んでいるのか分からないぐらい殺風景で必要最小限のものしか置いてなかった。

俺がその場に居ないかのように、狭山はベッドに腰掛けて枕もとに置いてあった小説を読み出した。このままじゃ未知さんのときと同じ繰り返しじゃないか…。狭山の視界に入らなくて、存在も忘れられてしまう。そんなのは…嫌だ。

「狭山、俺の話を聞いて欲しいんだ。」

「………。」

狭山が何も答えないのをいいことに、俺は一人で勝手にしゃべり始めた。

 

「俺…狭山の事いらないって言ったけど…、本当はずっと俺のそばに居て欲しかったんだ。俺自身を見てくれる狭山と一緒にいたかった。関わるなって言ったけど…、俺は狭山から話し掛けて欲しかった。俺の名前を呼んで欲しかった。未知さんを思ってる狭山なんかいらないって思ったけど…、いつか俺を見てくれるならそばに居たい。いつか俺のことを思ってくれるなら、一緒に居たい。俺には、もう狭山から離れる事なんて出来ないから。狭山に何て言われようと、俺は狭山から絶対離れないから。

俺には…、狭山が必要だから。」

 

恥ずかしくて目を背けて狭山が何か言ってくれるのを待ったけれど、そのままお互いしゃべらずに沈黙が続いた。狭山の反応が気になってチラッと狭山を見ると、狭山は本から俺に視線がかわっていた。そして狭山は…一筋の涙をこぼしていた。俺が驚いているうちに、狭山は口を開いた。

「一緒に居たいのか?俺を必要とするのか?」

俺はベッドに腰掛けている狭山の前に膝立ちして、こぼれた涙を手の甲でふき取ってあげた。

「うん。狭山が俺を見てくれるならな。」

狭山が子供に戻ったみたいでクスッと笑ってしまった。

「俺は誰かに必要とされたかった。未知の代わりにお前を抱いているうちに、未知のことよりお前の事が気になった…、けれど今更何て言っていいのか分からなくて傷つけた。」

「うん。」

俺は狭山の首の後ろに両手を廻して抱きしめると、狭山もからも抱きしめ返してくれた。

「俺も多分…お前が必要だから。」

「うん。さんきゅ。」

多分…と言った狭山だったけれど、今の俺はそれで十分だった。いつか、いつかお互いが同じぐらい必要とする日が来るだろうから。

今まで何度も身体を繋ぐだけならあったけど、今初めて狭山と本当に抱き合えたような気がした。俺と狭山は抱き合ったまま、ベッドへと倒れこんだ。

 

 

何度も啄ばむだけのキスを繰り返して、その後、深くお互いの舌を絡めあった。開いた唇から顎を伝って零れ落ちる唾液をすくうように、狭山の舌が俺の唇から離れて、唾液の道筋を辿った。

「はっ……、んん…。」

初めて残された首筋のキスマークに、俺はひどく反応した。狭山はそんな俺の反応を見て、あちらこちらにキスマークを作った。首のまわり、鎖骨、二の腕の裏側、ふともも……。起用に俺の服を脱がしながら、俺の肌に赤い斑点を増やしていった。

「やぁっ……ひっ…ぃ…。」

露わになっている乳首を指でつままれて、チクリとした痛みと同時に下半身にくる快感が俺を襲った。

「ああ…っ、う…ん……。やめぇ…。」

両方ともつままれてこねまわされた乳首は、ぷくりと立ち上がっている。少し指で弾かれるだけで、敏感に感じてしまう。

「胸触っただけで、ここ…反り返ってる。」

下から上になぞるように俺の分身を撫でられて、先端から先走っている精液を狭山は指ですくって舐めた。俺は顔が沸騰しそうなぐらいに真っ赤になってしまった。

「やっ…!汚い!」

「少し苦い。」

自分の精液の感想を無表情で言われて、俺は恥じる気持ちでいっぱいになった。顔が沸騰しそうなぐらいに熱い。

けれど、俺の恥ずかしい思いは、それだけでは終わらなかった。狭山が俺の股の下に顔を近づけて、俺の分身を口に含んだ。

 

「はあぁぁぁ……、やぁ…んんっ……。」

フェラチオという行為をしてもらうのは初めてで、狭山の頭を手で押しのけて引き離そうとしたけど、逆に狭山の手で拘束されてしまった。

ねっとりとした舌が俺の分身に絡み付いて離れない。裏筋を辿るように舐められて、吐き出してしまう寸前だった。

「離し……て!……出るっ…!」

俺の言ったことを無視して、狭山は先端に軽く歯を当てた。

「駄目!やぁっ!さや……まあああぁぁぁぁぁ。」

耐え切れず俺は狭山の口の中に、精液を勢い良く放っていた。『ゴクリ』と飲み込む喉の音が鳴って、狭山が俺の精液を飲み込んだのが分かった。狭山の口の中に出してしまった事が申し訳なく思えて、精液を放ったときに拘束を解かれた両手で顔を隠した。

 

「顔を隠すな。」

狭山は顔を隠している両手の甲のあちこちにキスをして、力が抜けたところでゆっくりと手をどけた。

「……ごめん。」

「飲みたかったから飲んだだけだ。それより、いい加減、狭山って呼ぶな。」

俺はそんなこと言われるなんて思ってなかった。心臓をバクバクと鳴らしながら、小さな声で狭山の名前を呼んだ。

「しん…いちろ……。」

俺は、ものすごく嬉しくなった。

狭山はあの日の、あの屋上と同じ笑顔を俺に向けてくれたから。未知さんじゃなくて、俺に向けてくれたから。

「俺の…名前………。」

「玲二……。」

もっともっと嬉しくなった。俺の名前を覚えているのが不安だった。狭山は何の躊躇もなく、俺のおでこに軽くキスをしながら名前を呼んでくれた。嬉しさのあまり胸が苦しくなって、目からは涙が溢れ出した。

 

 

 

BACK  NOVEL   NEXT