☆降る夜空7話
いくら待っても狭山は戻ってこなかった。一粒残らず体の中から出てしまった涙は、地面を濡らしたままでそれだけが虚しく感じた。
こんなの俺じゃない。狭山に会ってから、俺は変わった。本当の俺はもっと元気で強いじゃないか。狭山と一緒にいたら、駄目なんだ。俺が俺じゃなくなっていく。俺が俺で………。
「………帰ろ。」
誰も居なくなった廊下で一人呟いて、俺は立ち上がってのろのろと歩き出した。途中、何度も何度も自転車でふらつきながらも、何とか家にたどり着いたときには、もう疲れ果てていた。
「飯はいらない…。」そう言った俺に、母親は何も聞かずに微笑んで「分かったわ。」と言ってくれた。出来た母親だな。
親不孝な子供でゴメンよ…と思ってしまった。
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徹底的に狭山を避けた。元々学校では話すことなかったし、狭山の視線を感じても見なければすむことだった。近づいてこようとしたら、友達を誘ってさりげなくその場を移動した。携帯も着信拒否にして、メールはアドレスをかえた。
あの時みたいに家に来たらどうしようと思って家に来たときの対策もいくつか考えたけど、狭山はこなかった。
俺はこれで完全に終わったと思いこんでいた。表面上は。
俺の中には狭山が離れなくて、狭山が俺のことを好きじゃなくても抱いてくれた感覚が消えなかった。狭山の熱っぽい吐息、俺への愛撫、狭山を感じることが出来る瞬間……すべてを忘れることが出来なかった。
狭山を避け始めてから数日がたった頃、俺は6時間目の授業で寝てしまった。爆睡もいいところだ。
だいたい古文なんて昔のもの、子守唄にしか聞こえないって。話してるの爺さんだし…。
この日は余程眠りが良かったのか、俺が気がついたときには授業なんてとっくに終わって教室に誰も残っていなかった。
おーい、誰か起こせよ…。ってゆーか、6時間目が終わってから1時間半以上たってるし!なんて眠りのいい俺様…。
まだぼぉーっとしながらも、買える用意を始める。そう別に用意をするものもなくすぐに終わって、椅子から立ち上がっていざドアへってところで、ガラッと音とともに教室のドアが開いた。
狭山………?どうして狭山が??
俺はめちゃくちゃ驚いた顔をするのは分かるけど、どーして狭山まで驚いた顔をしているんだよ。
けど、狭山はすぐに元の無表情に戻ってしまった。沈黙が俺たちを覆い、じんわりとした汗が額に溜まってきた。その沈黙を先に破ったのは、狭山だった。
「何故俺を避ける?」
久しぶりに聞く狭山の声は、俺の心を揺さぶった。このまま、また狭山に抱かれたら、あの時に戻ってしまう。それだけは嫌だ。耐えられない。
「それより未知さんは無事だったのかよ?」
俺は思いっきり話をそらした。狭山はピクリと眉を動かしたが、普通に答えた。
「無事だ。出血は酷かったらしいが、たいしたことはない。……それより、俺の質問に答えてもらおうか。何故、俺を避ける?」
狭山は一歩一歩、俺に近づいてくる。俺はその場から動けなかった。
「も……や、なんだ。」
声が震えて、うまく言葉が繋がらない。
「何を言っている。」
「だか、ら……もう狭山に、抱かれたくないんだよ…。こんな関係、やめ…たい。」
だんだんと声が小さくなってしまい、最後は狭山に聞こえたかどうか分からない。俺が俯いて下を見ていると、狭山が無理矢理俺の顔を上に向けさせた。片手で顎を持ち上げられ、両手はもう一方の手で頭の上で拘束されてしまった。
狭山の唇が折れの唇に触れるのを、避けることが出来なかった。
「んんっ!……んー!」
力をこめて閉じていた唇を無理矢理こじ開けられて、舌をねじ込まれる。慣れた風に口内を貪られて、だんだんボーッとしてきてしまう。
「んっ……んあっ!……んん…。」
クチュッと唾液が交じり合う音がして、俺は我に返った。
思わず動かすことの出来る足で、狭山のスネを蹴った。狭山に押さえ込まれていた手への力が緩んだ隙に、俺は狭山から離れた。
「もう嫌だって言っただろ!」
「駄目だ。俺から離れるなんて許さない。」
「お前が許さなくても、俺がやめるって言ったんだよ!俺はもう未知さんの代わりなんて出来ない。俺は未知さんじゃない。お前もいい加減、目を覚ませよ!」
「…違う。」
狭山は離れた俺にまた手を伸ばしてきた。俺はその手を振り払った。そして俺は…分かってくれない狭山に、最低な言葉を浴びせてしまった。
「何が違うんだよ。俺は…お前が好きなんだ。
でも、俺はいつまでも未知さんに執着するお前なんか要らない。
お前なんか知らない。
お前なんか嫌いだ。
お前なんか要らない。
何度でも言ってやる。
お前なんか要らない。お前なんか要らない。要らない。
未知さんの代わりなら、他で探せ。
もう俺に二度と関わるな。」
息が苦しくなるまで言い続けた。言い終わった後、俺は苦しかったけれど、狭山を見ていたくなくて教室を飛び出して走って逃げた。
走っている間に息が苦しいのか、心が苦しいのか分からなくて…。
分からなくても苦しいのに変わりはなくて…。
それでも、俺は足を止めることが出来ずに涙を流しながら走りつづけた。