4話


 

 

しばらくは平穏すぎる日々が続いた。あの日屋上で、狭山にキスされてしまってから、今日まで一度も会うことはなかった。俺はホッとしたような、どこか隙間が出来たような…そんな感じだった。

トイレ掃除も今日で終わりで、俺の周りも本当に平穏で、狭山のことも未知さんのことも忘れてしまいそうなぐらいだった。

 

最後ということでトイレ掃除を一生懸命していると、楢岳が「ういーっす。」と言いながらだるそうに入ってきた。

「またお前か。いい加減毎日毎日来てんじゃねーよ。」

初日に俺が罰で一週間トイレ掃除をするってことを知ってから、楢岳は毎日放課後になると俺の掃除しているトイレにやってくる。

しかも俺が掃除した所を使っていく始末だ。やってられねー。

「俺はトイレに来てるだけだっつーの。お前がそんなところで罰掃除してるのが悪いんだろ。」

けっ。うそつきが。どう考えても嫌がらせにしか見えないじゃないか。

 

用を足している楢岳の近くにわざと寄って、足と一緒に地面までモップで掃除をしてやった。

「うわっ、きたねー。小便の邪魔してんなよ。それとも何か?また俺様のマグナムジュニアを拝みたいってか?そうだよなー、俺のはでかいから森岡も忘れられないんだよなぁ?」

ニヤニヤと笑っている楢岳の鳩尾(みぞおち)めがけて、鉄拳をくらわした。

「何言ってやがるんだ!変態が!!!」

「いってぇ!お前なぁ、小便の邪魔するなって言っただろーが。」

「うっさい。お前が悪いんだろ!」

トイレの中で響きまくっている俺と楢岳の声のせいで、他にこのトイレに入ってきた人物に俺たち2人とも気付かなかった。

「うるさい。」

しーん。

圧倒されるような声に、俺はモップを持ったまま、楢岳はジュニアを出したまま固まった。

狭山はトイレに平然と入ってきて、俺たちに見向きもせずに用を足しだした。思わず俺の目に入ってしまった狭山のジュニアは、楢岳のものよりもでかくて、何と言うか……さすがだった。楢岳のものがマグナムジュニアなら、狭山のものはマグナムボンバージュニアと言ってもいいぐらいだ。

 

ふと我に返ると、いつの間にか楢岳の姿は影の形もなく消えていた。

あいつ…一人で逃げやがった。裏切り者め。覚えてやがれ。

狭山と二人に残されて、微妙な空気が流れた。沈黙に耐えられず思わず俺は狭山に話し掛けていた。

「なぁ。この前、屋上で俺のこと未知って呼んでただろ?」

ジュニアをしまいこんで、狭山は手を洗いながらチラッと俺を見たけれど、視線はすぐに自分の手に戻ってしまった。

「………。」

「返事ぐらいしろよ。ムカツク奴だな。」

「だまれ。」

ムカッ。何様だこいつ?

「じゃあ、答えろよ。」

「………呼んでない。」

俺がムキになって言い返すと、狭山は嫌そうな顔をして答えた。

 

そんな顔で俺を見るな。俺は狭山にそんな顔をさせたいんじゃない。俺は屋上で見たあの笑顔を見たいだけなのに…。俺のことが嫌いなのか?俺は…狭山のこと嫌いじゃない。無理矢理キスされたのに、嫌じゃなかった。キスされてから狭山のことが頭から離れなかったんだ。どうしてか分からないけど、狭山のことが気になってしょうがないんだよ。

狭山のことが好きだなんて認めたくないけど、好き…なんだ。

 

俺は思い切ってカマかけてみることにした。確信はあった。俺の勘は間違っていない。

「この前、顔が俺とそっくりで、未知って人に会ったんだ。」

モップを掃除箱に直しながら、俺は軽く聞いた。狭山は今までの無表情から少し眉間に皺がよった。狭山が何も言ってこないので、俺はそのまま言葉を繋げた。

「俺さ…、もしかしてって思ったんだけど、屋上で俺と未知さんを間違えたのか?それで、お前…俺に寝ぼけてキスなんかしたんだ?未知さんと付きあってんの?」

「………違う。」

付き合ってると聞いたとき、狭山のこめかみがピクッとしているのが分かった。俺の口調がどんどん嫌味ったらしくなっていく。

「ふーん。じゃあ片思いとか?」

片思いと聞いたら、全くの無反応だった。ってことは………。

「振られた相手だ?」

本当は『未知』って言葉は聞き間違えで、全然関係なかったらいいのに…と期待した。けど、『振られた相手』と言った時、狭山はとてつもなく反応した。俺を睨みつけるように凝視してきた。狭山の視線に圧倒されて、俺は後ろによろめいて掃除箱に背中をぶつけた。

 

狭山は俺の方に向かって近づいてきて、俺の顎を強引に左手で持ち上げた。

「だから何だって言うんだ?同じ顔のお前が未知の代わりでもしてくれるってのか?」

未知さんの代わり…?そんなのは嫌だ。俺という存在じゃないと嫌だ。俺自身を見てくれないと嫌だ。

 

だけど俺は…。

「………する。」

狭山の問いに頷いていた。

 

 

BACK  NOVEL   NEXT