☆降る夜空4話
しばらくは平穏すぎる日々が続いた。あの日屋上で、狭山にキスされてしまってから、今日まで一度も会うことはなかった。俺はホッとしたような、どこか隙間が出来たような…そんな感じだった。
トイレ掃除も今日で終わりで、俺の周りも本当に平穏で、狭山のことも未知さんのことも忘れてしまいそうなぐらいだった。
最後ということでトイレ掃除を一生懸命していると、楢岳が「ういーっす。」と言いながらだるそうに入ってきた。
「またお前か。いい加減毎日毎日来てんじゃねーよ。」
初日に俺が罰で一週間トイレ掃除をするってことを知ってから、楢岳は毎日放課後になると俺の掃除しているトイレにやってくる。
しかも俺が掃除した所を使っていく始末だ。やってられねー。
「俺はトイレに来てるだけだっつーの。お前がそんなところで罰掃除してるのが悪いんだろ。」
けっ。うそつきが。どう考えても嫌がらせにしか見えないじゃないか。
用を足している楢岳の近くにわざと寄って、足と一緒に地面までモップで掃除をしてやった。
「うわっ、きたねー。小便の邪魔してんなよ。それとも何か?また俺様のマグナムジュニアを拝みたいってか?そうだよなー、俺のはでかいから森岡も忘れられないんだよなぁ?」
ニヤニヤと笑っている楢岳の鳩尾(みぞおち)めがけて、鉄拳をくらわした。
「何言ってやがるんだ!変態が!!!」
「いってぇ!お前なぁ、小便の邪魔するなって言っただろーが。」
「うっさい。お前が悪いんだろ!」
トイレの中で響きまくっている俺と楢岳の声のせいで、他にこのトイレに入ってきた人物に俺たち2人とも気付かなかった。
「うるさい。」
しーん。
圧倒されるような声に、俺はモップを持ったまま、楢岳はジュニアを出したまま固まった。
狭山はトイレに平然と入ってきて、俺たちに見向きもせずに用を足しだした。思わず俺の目に入ってしまった狭山のジュニアは、楢岳のものよりもでかくて、何と言うか……さすがだった。楢岳のものがマグナムジュニアなら、狭山のものはマグナムボンバージュニアと言ってもいいぐらいだ。
ふと我に返ると、いつの間にか楢岳の姿は影の形もなく消えていた。
あいつ…一人で逃げやがった。裏切り者め。覚えてやがれ。
狭山と二人に残されて、微妙な空気が流れた。沈黙に耐えられず思わず俺は狭山に話し掛けていた。
「なぁ。この前、屋上で俺のこと未知って呼んでただろ?」
ジュニアをしまいこんで、狭山は手を洗いながらチラッと俺を見たけれど、視線はすぐに自分の手に戻ってしまった。
「………。」
「返事ぐらいしろよ。ムカツク奴だな。」
「だまれ。」
ムカッ。何様だこいつ?
「じゃあ、答えろよ。」
「………呼んでない。」
俺がムキになって言い返すと、狭山は嫌そうな顔をして答えた。
そんな顔で俺を見るな。俺は狭山にそんな顔をさせたいんじゃない。俺は屋上で見たあの笑顔を見たいだけなのに…。俺のことが嫌いなのか?俺は…狭山のこと嫌いじゃない。無理矢理キスされたのに、嫌じゃなかった。キスされてから狭山のことが頭から離れなかったんだ。どうしてか分からないけど、狭山のことが気になってしょうがないんだよ。
狭山のことが好きだなんて認めたくないけど、好き…なんだ。
俺は思い切ってカマかけてみることにした。確信はあった。俺の勘は間違っていない。
「この前、顔が俺とそっくりで、未知って人に会ったんだ。」
モップを掃除箱に直しながら、俺は軽く聞いた。狭山は今までの無表情から少し眉間に皺がよった。狭山が何も言ってこないので、俺はそのまま言葉を繋げた。
「俺さ…、もしかしてって思ったんだけど、屋上で俺と未知さんを間違えたのか?それで、お前…俺に寝ぼけてキスなんかしたんだ?未知さんと付きあってんの?」
「………違う。」
付き合ってると聞いたとき、狭山のこめかみがピクッとしているのが分かった。俺の口調がどんどん嫌味ったらしくなっていく。
「ふーん。じゃあ片思いとか?」
片思いと聞いたら、全くの無反応だった。ってことは………。
「振られた相手だ?」
本当は『未知』って言葉は聞き間違えで、全然関係なかったらいいのに…と期待した。けど、『振られた相手』と言った時、狭山はとてつもなく反応した。俺を睨みつけるように凝視してきた。狭山の視線に圧倒されて、俺は後ろによろめいて掃除箱に背中をぶつけた。
狭山は俺の方に向かって近づいてきて、俺の顎を強引に左手で持ち上げた。
「だから何だって言うんだ?同じ顔のお前が未知の代わりでもしてくれるってのか?」
未知さんの代わり…?そんなのは嫌だ。俺という存在じゃないと嫌だ。俺自身を見てくれないと嫌だ。
だけど俺は…。
「………する。」
狭山の問いに頷いていた。