☆降る夜空3話
屋上から飛び出して、そのまま家に帰りたいと思った。キスをされて悲しいやら、罵声を浴びせられて悔しいやら、色んな気持ちが入り混じって頭がぐちゃぐちゃになっていた。けれどまだお昼休みで、しかもトイレの掃除をしなければならないことを思い出し、不本意ながらも学校ではある程度真面目で通っている俺を落ち着かせる。
このまま授業受けても、まともに聞くことなんて出来ないだろうな。はぁ。
思い足取りで自分のクラスの教室へと向かった。教室に入ったところで、ちょうど5限目が始まるチャイムが校内に鳴り響いた。予想通り、授業の内容は全く頭に入らなかった。
放課後、わざわざ英語の先生が来て、俺にトイレ掃除をするようにと念を押しに来た。すぐにでも帰りたい身体を引きずって、同じ階にある男子トイレへと向かう。掃除は進まないのに時間だけは刻々と過ぎていき、クラブ活動をしている奴は来ないし、帰宅部なんかとっくに帰った。誰もいないトイレを一人虚しくモップで掃除していると、必然的なのか…ため息がでた。
「はあああぁぁぁ―――――。やってらんねぇ。」
ため息するだけでも、すんげー疲れるんだけど。適当に掃除やっても、バレたりしないよなぁ?明日はちゃんとするから、モップだけでいいかな?
サボろうとゆう思いが強まっているとき、トイレの入り口の方から声が聞こえてきた。
「なーに、独り言呟いてるんだよ?」
え?気付かないうちに、誰かトイレに入ってきてたのかよ?うっわー、俺ってトイレで独り言呟いてる、すごい寂しい奴みたいじゃんか!
声の聞こえてきたトイレの入り口を見ると、そこにいたのは昼休みに話した、楢岳だった。楢岳は『はははっ。』と笑いながら入ってきて、俺にかまわず用を足しだした。
「なんだ…楢岳か。ぜんぜん知らない奴だったら、めっちゃ恥ずかしいところだからな。楢岳でよかったよ。」
「俺だってビックリしたさ。普通にトイレに用足しに来たら、中からすげぇでかいため息が聞こえてきたんだから。」
「あ――、ちょっと凹み中で…。」
「なんだなんだー?森岡らしくないな。まっ、俺で良ければ話ぐらい聞いてやるぞ?」
楢岳は爽やかに笑みを浮かべて、いい人そうなことを言った。
が。
「楢岳…そんなもの出して言われても、嬉しくない。」
「あ…?…あはははは。スマンスマン。俺の大事なジュニア見せちまった。まぁ、気にするな〜。」
「気にしてどうする!……はぁ、全くもう。…けど、今の楢岳のおかげで、ちょっと気持ち浮上した。さんきゅーな。」
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楢岳とわかれてチャリ置き場へと向かい、いつもより少し遅い時間に家までの道のりをチャリでだらだらと漕いでいた。ポケットの中に入れていた携帯が鳴り、急いで出ると母親からだった。
『あ、玲ちゃん?家に帰る前に途中でスーパーに寄って、牛乳と明日の朝のパン買ってきてくれないー?お金は後で返すから。』
「は?なんで俺がっ。ってゆーか玲ちゃんて言うな!」
『細かいことは気にしないの!じゃ、お願いね。』
俺が拒否するまもなく、電話はプチッと切られてしまった。
しょうがないなぁ。
めったに行くことのない帰り道のスーパーに立ち寄り、カゴを腕にかけて言われたものを探した。キョロキョロしながらスーパーの中を歩いていたら、目の前に人がいることに気付かずに、ぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい。」
ちゃんと謝ってぶつかった人の顔を見たとき、きっと俺はブサイクな顔をしていたんだろう。
その人は、何だか俺に似ていたから。
その人も俺を見てビックリしていた。
きっと思ったことは同じなんだろう。
先に我に返ったのは俺じゃなかった。その声で俺も我に返ったのだけど。
「こちらこそ、ごめんね。怪我…なかった?」
「大丈夫です。俺がキョロキョロしていたんで、すみません。」
「そんなに謝らなくてもいいよ。ボーッとしていた僕も悪いしね。それより…君、僕と似てない?…って、いきなり言うのもなんだか変だけど。」
やっぱりそう思ってたんだ!
「変じゃないです!俺もそう思ってたんで。こんなに似ている人に会うなんて初めてですよ。」
「僕も。ね、何かの縁かも知れないし、友達にならない?僕、早川未知(はやかわみち)って言うんだ。」
「俺、森岡玲二って言います。スーパーなんてめったに来ないんですけど。」
「僕、すぐ近くの橘マンションって知ってる?」
「はい。」
「あそこの506号室に住んでいるから、良かったら今度来てね。7時ぐらいからなら大抵いると思うから。あ、僕帰らないといけないから。じゃあまたね、玲二くん。」
笑顔で手を振って去っていく未知さんに俺も手を振って答えながら、俺は今日のお昼のことを思い出していた。
『未知…。』
確か狭山もあの時、『未知』って言ったんだ。もしかして、未知さんのことだったのか?まさか…な。偶然だろ。そうそうこんな上手い具合にかみ合うわけないじゃんか。
あ、牛乳とパン!
スーパーに寄った本来の目的を思い出して、俺は急いで2つの商品をカゴに入れて、レジへと向かった。