2話


 

 

次の日の朝、一時間目の英語の授業中、昨日寝てしまった俺は見事に当てられて、先生から物凄く怒られた。もちろんトイレ掃除一週間の罰も受けた。

それもこれも全部、狭山のせいだ。あいつのせいで予習が出来なかったんだからな。くっそ〜しょうがないから生徒手帳を返しに行くついでに、文句言いまくってやる。

あいつに何を言ってやろうかと考えながら、狭山の生徒手帳を持って隣りの教室へと向った。確か去年同じクラスだった奴が、いるはずだ。開いているドアから少し覗くと、狭山は見えないけど俺のダチはいる。

 

「おーい。楢岳(ならだけ)。ちょっとちょーっと……。」

窓側の席らへんに数人が話しているところから楢岳を呼んで、ドアの方まで来させた。

「おー森岡。どうしたんだよ?何か用か?」

「いや、あのさー。今日、狭山の奴、学校来てる?」

楢岳は少し眉間にしわを寄せたがすぐに戻し、何気ない感じで答えてくれた。一体どんな風に思われているんだ?狭山の奴。

「鞄はあるけど授業には出てないから、屋上ででもサボってるんじゃないか?あいつと何かあったのか??」

「ちょっと、な。じゃー屋上にでも行ってみるわ。サンキューな。」

楢岳がまだ言いたそうにしているのを見なかったことにして、俺は屋上への道を走り出した。次の授業は始まるまで後5分。その間に狭山に生徒手帳を返して、少し文句を言うぐらいなら、すぐに済むはずだ。屋上へと続く階段を上りながら、そう考えていた。

 

 

屋上に出ると、狭山の居場所はすぐに分かった。ドアから真正面の広い敷地で、大の字になってスヤスヤと眠っていたのだから。何となく起こしてはいけないような気がして、そっと音を立てないように狭山に近づいた。

近寄って顔を覗き込むようにしてしゃがみ込むと、狭山の規則正しい寝息が聞こえてきた。寝顔はとても気持ち良さそうで、思わず笑ってしまいそうになる。そんな俺の雰囲気に気付いたのかどうかは分からないけど、狭山は「ん。」と言って小さく身動きをした。狭山が起きたと思った。

「あ、ごめん。起こしちゃ……。」

俺が最後まで言う間もなく、狭山の長くてたくましい腕が伸びてきて、頭を引き寄せられて…その先には、薄く、形の良い、少し開いた唇が待っていた。すぐに狭山の腕の力が弱まったから、とっさに頭を戻した。触れるだけのキスだったにも関わらず、初めてのキスを経験した俺にとってはとんでもないことだった。

 

今…俺…。狭山の唇が…、当たって。何かめちゃくちゃ気持ちよくて……って、そうじゃなくて!なんつーか、そのー、うわー顔が熱い。どうすんだ?俺、狭山とキスしちまった!狭山が寝ぼけていたにしろ…紛れもなく、キスしてしまった。

 

「未知(みち)……?」

俺が一人悩んでいると、狭山が薄ら目を開けて、ぼけぇとしている。そして俺の顔を見るなり、すんごい嬉しそうに笑った。俺はこのとき、初めて狭山の笑顔を見た。めったに笑わないから、かなり貴重なものだと思う。その笑顔を見てびっくりして固まっている俺を、狭山は何度か瞬きをして見直した後、きゅうに不機嫌な顔になった。そんな狭山の様子を見て、俺は少し胸が苦しくなった…ような気がした。

「何の用だ?」

狭山は俺から離れて、胸ポケットから出したタバコに火をつけて吸いはじめた。高校生のはずなのに、タバコを吸っている姿が様になっている。その姿に見入ってしまっていた俺に、狭山はもう一度不機嫌そうに声をかけた。

「一体、何の用だと聞いているんだ。」

ハッと気付いた俺は、すぐに用件を切り出した。

「あ、あのさ…昨日の夜、階段で俺とぶつかっただろ?そんときお前、これ、落としていかなかったか?暗くて見えなかったけど、昨日の奴はお前だよな?」

持っていた生徒手帳を狭山に見せると、狭山は明らかに嫌そうな顔をして生徒手帳を俺の手から奪い取った。また、俺の胸が痛む…ような気がした。

「これは俺の生徒手帳だが、昨日の夜なんて俺は学校に行っていない。知らんな。」

「でも、昨日ぶつかったのは狭山だと思ったんだけど。」

「知らないと言っている。」

言い返すことが出来ないような、強い声だった。ついその言い返された言葉に、ムカッときた。

「そうゆう言い方はないだろ?ただ俺はそう思ったと言っているだけだ。そんな不機嫌そうな声で返されたら、こっちが気分悪くなる。せっかく生徒手帳を持ってきてやったのに。」

「…せっかく持ってきてやった、か。じゃあ何か?お前は俺に生徒手帳を持ってきてやったから、優しく答えろとでも言うのか?それとも何か?お礼でもして欲しいのかよ?そんなのが鬱陶しいんだよ。俺はお前が嫌いなんだ。見ててイライラする。どっか行け。」

「なっ………。」

今までほとんど話したこともない奴にぼろくそに言われて、俺はすごいショックを受けた。さっきとは比べ物にならないぐらいに胸が痛い。ここまで痛かったら、気のせいだけでは収まらなかった。

その場から動けないでいる俺に、狭山はいきなり顔を近づけて、噛み付くようなキスをしてきた。さっきの触れるだけの優しいキスとは違って、口の隙間から舌を差し込んで、口内を自由自在に動きまくっている。狭山が吸っていたタバコの味がする。

 

嫌だと思った。こんなキスは嫌だ、と。そんな思いが強くなるにつれて、ますます胸が痛くなった。痛くて痛くて、目からは涙がこぼれ落ちそうだった。

胸が苦しくて、息も苦しくて、俺はその二つが限界に来た瞬間、狭山の身体を突き飛ばしていた。

「はぁ…はぁ……はぁ……。どうして!俺が嫌いなんだったらキスなんかしてんじゃねーよ!!俺に何の恨みがあるんだよ!」

狭山は何も言わずに、俺を見ている。俺はその視線に絶えられなかった。狭山から逃げるように、屋上から出て行った。

 

 

 

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