−強く儚い者たち−
<4>
充弘が美術室で眠らされてから目を覚ます1時間ほど前、潤一郎はちょうど家に帰ってきたところだった。
「ただいま。」
生徒会室で仕事をして、頭では柔道部のことを考えて、疲れ果てていた。
結局何も分からないままだな…。
何か仕掛けてくるのは確かだって、理が言っていたが。
何をするのかも、いつ、どこで起こるのかも分からないんじゃ、どうしようもない。
「おかえり、潤一郎。……あれ?みっちゃんと一緒じゃないの?」
キッチンから顔を出した潤一郎の母親は、玄関で靴を脱いでいる潤一郎を見て、ビックリした顔をした。
「え…?みっちゃん…?まだ、帰ってきてない…?」
いつもなら潤一郎よりも先に家に帰っている充弘が、まだ家に帰ってきてないのか?
一緒に暮らし始めて、中学、高校と、そんなことは一度もなかった。
中学では部活をやっていた俺より、部活をやっていなかった充弘が先に帰るのは当たり前だった。
高校では生徒会をやっていた俺の方が帰るのが遅いのは、一目瞭然だ。
――― 嫌な予感がする。
――― みっちゃんの身に、何か?
顔を強張らした潤一郎を見て、母親も顔を青ざめた。
そんなとき、けたたましく家の電話が鳴り響いた。
.。・:*:・`☆、。・
母親が電話に出るのを、潤一郎はジッと見つめた。
ニ・三言、電話の相手と話した母親は、受話器の先を手で押さえて潤一郎を見た。
「潤一郎と同じ高校で、新聞部の秋山ですけどって…。」
潤一郎は脱ぎかけのままだった靴を玄関に放り出して、慌てて母親から受話器を受け取った。
「理か…?」
「あぁ、潤一郎だな。お前ん家に佐伯帰ってきてるか?」
「いや…、まだ帰ってきてない。」
電話の向こう側には誰かいるらしく、潤一郎の返事を聞いて、誰かと話している。
受話器から聞こえてくる声は、理の声と…後一人、聞いたことのある声だった。
「おい…一体、なんなんだ?」
まだ誰かと話している理に少しいらだった潤一郎は、投げやりな口調で受話器に向って言い放った。
「……潤一郎、落ち着いて聞いてくれよ…?実は、さっき俺んところの部員から入った情報なんだが、柔道部主将の氏原はお前んとこの佐伯がお気に入りらしいんだ。」
氏原がみっちゃんのことを気に入ってるだって!?
まさか………?
もしかして、柔道部の企んでいたことっていうのは……。
巻き込まれるのは、生徒会だけじゃ…なかったのか…?
一瞬我を失っていた潤一郎は、受話器から聞こえてくる理の声で元に戻った。
「まだ…その続きがあるんだ。今日の少し前の時間に、俺んとこの部員が柔道部の連中が美術室に入っていくところを見たらしい…。確か、佐伯って美術部だよな……?」
あの文字…『さえ…』と『手に…』ってのは、『佐伯充弘を手に入れる』ってことだったのか。
もし、本当にそうだとしたら……。
俺の思ったことが間違っていなければ……。
――みっちゃんが危ない!!
.。・:*:・`☆、。・
「今から学校へ行く。」
受話器を置こうとした。
受話器からは理の声が流れていた。
「おぃ、潤一郎?俺と生徒会長も一緒に行くから待てって!一人で行くのは危険だ!!」
しかし潤一郎は、理の声が耳に届かずに受話器を置いていた。
潤一郎は慌てて玄関に戻り、脱ぎっぱなしだった靴をもう一度履いた。
「潤一郎、気をつけてね。みっちゃんを…頼んだわよ。」
潤一郎の隣りでただならぬ会話を聞いていた母親は、みっちゃんの身に何かあったと気付いたようだった。
「分かってる。じゃあ、行ってくるから。」
家から学校までは、45分。
電車を待っている間、電車に乗っている間、すごくもどかしく感じる。
頼む…みっちゃん、無事でいてくれ。
俺はみっちゃんを守るって、あのとき決めたのに。
みっちゃんの両親の葬式のとき、決めたのに。
決めたのに……。
これ以上みっちゃんを苦しめるようなこと、しないでくれ。
どうして…どうして、みっちゃんばかり、こんな目に………。