−強く儚い者たち−

<2>

 

何も起こらないまま、一日が無事に過ぎる…。

このまま、何も起こらなければいいのに…と潤一郎は思った。

 

俺の見える範囲だったら、何が起こっても対処する自身はある…。

けど…それも限度がある。

柔道部の主将、氏原(うじはら)はきっと何かをしでかしてくる。

氏原の噂は、俺の耳にも入ってきている。

用心しなけらば、ならないな……。

 

 

しかし、その願いも虚しく…三日目に事件は潤一郎の知らないところで起ころうとしていた。

 

 

.。・:*:・`☆、。・

 

 

3日目…。

その日も、充弘の下駄箱にはラブレターが入っていた。

これで連続十日目になる。

 

しかし…今までの九日間と違っている点が一つだけあった。

そのラブレターの便箋が『白色』から『黒色』に変わっていたのだ。

 

今までと違う事が書いてあるかも知れないと思った充弘は、中身の手紙を破らないように慎重に便箋の封を切った。

 

『放課後、美術室で待つ。』

 

その言葉が書いてあるだけだった。

外の便箋にも、中の手紙にも名前は記していない。

便箋の封を止めるために貼ってある赤いハートのシールがなければ、誰が見ても果たし状と間違えそうな文章だった。

 

誰にも見られないように手紙を便箋に入れて、充弘は自分の内ポケットに詰め込んだ。

 

こんな変な手紙は無視してしまって良いかな…?

やっぱり、潤一郎に相談しようか……。

ううん、そろそろ潤一郎離れしなくちゃいけない時かも知れない。

 

僕の面倒を見てくれるから、潤一郎が遊ぶ暇がないんだ。

僕が潤一郎のそばにいるから、潤一郎に彼女が出来ないんだ。

僕がいるから………。

僕なんて……いなければ良かったんだ。

 

ボクナンテ……………キエテシマエバイイ。

 

充弘は心の中の自分の声で、自分自身の胸を傷つけていることを分かっていなかった。

 

 

 

一人で悩みつつも、時間だけは過ぎてゆく。

悩んだ結果、やっぱり充弘は一人で待つことにした。

 

放課後の美術室は、美術部員たちが思い思いに好きな絵を描いていた。

充弘も一人絵を描いていたが、この後のことが気になっていた。

キャンバスの上で動いているはずの筆が、今日は全く動かなかった。

 

部活がある日は、大抵充弘が最後まで一人で残っているので、他の部員たちも顧問の先生もいつもと同じようにクラブが終わると充弘を残して帰っていった。

 

充弘は一人だけ残った美術室で、誰かがドアを開けるのを待っていた。

 

 

.。・:*:・`☆、。・

 

 

充弘が一人美術室で手紙の相手を待っている時、潤一郎は生徒会室で黙々と仕事をこなしていた。

生徒会室の中には、潤一郎と生徒会長の一史が残っていた。

 

「理が情報を仕入れてきた時から、三日目…。まだ柔道部の連中は何も起こしてないようだ。このまま何も起こらなければ、良いんだけど…。」

 

視線を机の上に落としたまま、一史は潤一郎に聞こえるぐらいの大きさで呟いた。

 

「そうだな。」

 

自分の仕事をしていた潤一郎は手を止めて、顔を上げて窓の外を見た。

潤一郎の頭に浮かんだのは、二つの繋がらなかった言葉…。

 

『さ…』と『手に…』

 

一体何を意味しているのか、さっきも一史と考えてみたが…結局何も分からないままだった。

これが繋がれば…何が起こるのか分かるのかも知れないが、情報が少なすぎた。

新聞部の理がもう少し情報を手に入れてきてくれれば…。

その頼りの理も、ここ三日間、生徒会室には現れてこなかった。

 

「もう少ししたら、理が情報を持ってくるさ。……今は、待つしかないよ。」

 

潤一郎が何を考えているのか何となく分かる生徒会長は、変わらず机に視線を落としたままで潤一郎に話し掛ける。

 

「そうだな………。」

 

―――何も起こらなければ、いい。―――

 

潤一郎が眺める窓の外は、さっきまでなかった灰色の雲が太陽を隠していた。

空一面が………その雲で覆われていた。

 

不吉な予感がする中で、潤一郎はまた仕事に戻った。

 

 

 

.。・:*:・`☆、。・

 

 

 

何かが起ころうとしていた。

潤一郎も一史も理も………まさか、こんなことが起こるとは思ってもみなかった。

 

 

「遅い………。」

 

美術室で気味の悪いラブレターの相手を待っていた充弘は、ボソッと呟いた。

放課後と言っても『何時に』とは書いてなかったから、いつまで待ってればいいのか分からなかった。

外は天気が悪く、だんだんと暗くなっている。

 

雨が降るかも……。

もう少し待っても来なかったら、帰ろう。

あんまり遅くなると、潤一郎や敦子おばさんがきっと僕を心配するから…。

そうゆう人たちだから…。

 

ドアの所らへんから、カツンと何かが当たる音がした。

窓から見える外の暗さに見入っていた充弘は、我に返って入り口の方へと目を向けた。

 

そして………。

 

充弘の目に映ったのは………白い布……だった。

 

誰かに鼻と口元に何かを嗅がされた。

ツンとした匂い。

慌てて離れようと身を引いた充弘だけど、後ろに動いた途端に頭がクラクラとした。

 

「何を……した…………」

 

最後まで話すことも出来ず、相手の顔を見ることも出来ずに、充弘はその場に倒れこんだ。

 

倒れてから意識を失うまでに、光弘の脳裏に浮かんだのは…あの時の事故だった。

 

頭から覆い被さった白い布。

目の前がすべて真っ白に覆い尽くされていた。

どこかで見たような光景……。

そのときの光景…。

今みたいな白色ではなくて…目の前は真っ赤だったんだ。

 

すべて赤色に染まっていた。

車も、窓ガラスも、イスも、時計も、腕も、脚も、父さんも、母さんも、僕も…………。

この世のものとは思えないほど、赤く染まっていた。

 

 

そして本当に充弘は気を失った。

 

 

 

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