ビジネスライク(6)
−枚方 泉−
お昼を食堂で適当に食べて、急いで小会議室に向かった。
これで遅くなって、京橋さんにネチネチと言われるのも嫌だし…。
ドアを開けると京橋さんはもう来ていて、そこでお昼を食べていたのか、お弁当の空箱が机の上に置いてあった。
「適当に座ってくれる?」
京橋さんはドアの前でどうしていいか分からず立ちすくしている俺に声をかけた。恐る恐る京橋さんの向かいの席に座り、京橋さんが何か言うのをジッと待った。
「布施さんのこと…好きにならない方がいいよ。」
「なっ…。」
あまりにもいきなり核心をつかれて、言い返す言葉が出てこなかった。そんな俺を見て、京橋さんは言葉を続けた。
「今日で終わりだからもう会うこともないと思うけど、君が諦めつくように教えておいてあげる。僕と布施さんはね、付き合っているんだ。だから君みたいな実習に来たぐらいの学生が、布施さんのこと好きになられるのが嫌なんだよね。」
「俺は別に………。」
布施さんのこと、好きになんて―――。
言えなかった。言えるはずがない。俺はもう布施さんのことが、どうしようもないぐらいに好きになっているから。けど…今、京橋さんは布施さんと付き合ってるって言った。聞き間違いなんかじゃない。嘘だと思いたいけど、布施さんと京橋さんだと本当にお似合いで、俺が入る隙間もない。
「じゃあ、僕は仕事に戻ってるから。君もほどほどに戻っておいで。」
茫然としている俺を残して、京橋さんは会議室を出て行ってしまった。京橋さんのセリフが、頭の中でグルグルと回っている。
“僕と布施さんは付き合っているんだ。”
布施さんぐらいにカッコいい人だと付き合っている人ぐらいいるだろうと思っていたけど、まさか京橋さんだったなんて…。昨日までの3日間、布施さんが時折見せてくれた優しさは、やっぱりただの実習生の面倒を見ているからだったんだ。そんなこと考えればすぐにわかることだったのに。
京橋さんから10分ほど遅れてデスクに戻ったけど、俺は全く仕事に集中することが出来なかった。
時間は淡々と過ぎていき、俺が帰ることになった5時半までに布施さんは戻ってこなかった。最後にお世話になった人たちに挨拶をして、6時過ぎに会社を出た。
布施さんには、もう会えないんだよな。もう、会えない。布施さんのことが好きだと思ったときには失恋して、思いを伝えることもできないまま会えなくなって、………俺ってすげー最悪じゃんか。
フラフラと会社の最寄駅に向かって歩いていると、ここ4日間、聞きなれた声が聞こえた気がした。
「……かた。」
あれ?なんか布施さんの声がしたような、しなかったような。もしかして幻聴?俺、かなりやばいかも…。
「ひらかた!」
……!?
次ははっきり聞こえた。声の主を一生懸命探す。少し離れたところから、布施さんが小走りにやってきた。
「布施さん!」
まさか会えるなんて思ってなかった。嬉しかった。布施さんが俺を見つけてくれるなんて。
「もしかしたら枚方が仕事終わって帰るときじゃないかと思った。」
「それで俺を探してくれたんですか?」
布施さんが俺を探す姿を想像して、意外で…笑ってしまった。
「笑うんじゃない。」
「あはは……すみません。」
初めて見る、布施さんの照れた顔だった。かなり貴重かもしれない。
「布施さんは、これから会社に戻るんですか?」
「あぁ。枚方はもう帰るだけか?」
「そうですね。帰っても別にすることはないんですけど。」
「そうか。………ちょっと待ってろ。」
布施さんは鞄から携帯を取り出して、どこかに電話をかけ始めた。
−布施 秋久−
ここで枚方を別れてしまうと、もう会う機会がなくなる。それなら…。
「ちょっと待ってろ。」
枚方を引き止めて、携帯から会社にいるだろう部長に電話をかけた。
「…布施です。お疲れ様です。今日、会社に戻る予定だったんですけど、遅くなりそうなのでこのまま直帰させて頂きたいんですが。………はい。はい。ありがとうございます。はい。じゃあ、失礼します。」
枚方は大きな目をして俺を見ている。直帰と言ったのが聞こえたのだろう。どうして?って顔をしている。
「枚方、飲みに行くか?」
枚方は首をかしげて、考え込んでいる。そんな姿も可愛らしい。
「実習終了祝いだ。」
ようやく納得したようだった。考え込んでいた顔が笑顔に変わる。
「いいんですか!?布施さんが会社に戻るって言ってたのに直帰になって飲みに行くって、何だか分からなくって…。」
「行くのか?」
「行きます。行かせて頂きます!」
会社で働いた後だと言うのに、枚方はすごく元気になった。こっちまで思わず笑ってしまいそうになった。
俺と枚方は家の最寄駅が一つしか離れていないため、俺の下りる駅の少し静かなバーに入ることにした。