ビジネスライク(5)

 

−枚方 泉−

その後、会社においてある予備のシャツを借りた。濡れてしまった物は、乾燥機で乾かしてくれるらしい。30分後にはすっかり渇いた状態で俺の元に戻ってきた。トイレで着替えて布施さんのところへ行くと、布施さんはすでに着替え終わっていて仕事を始めている。

「布施さん。俺、何したらいいですか?」

「あぁ、この紙に書いてある言葉をインターネットで検索して、資料を印刷して欲しいんだ。」

「分かりました。もし見付からない言葉があったらどうしますか?」

「その紙にチェックでも入れといてくれ。」

「はい。」

雨に濡れてダルくて眠くなっているのを必死でこらえて、パソコンの前に座り調べ始めた。窓の外を見ると、いつのまにか雨が止んでいた。

 

4日目

−布施 秋久−

「え?布施さんが担当じゃないんですか?」

枚方は驚いた顔をした後、少し残念そうな顔をした。

そんな残念そうな顔をしないでくれ。俺だって最後の日まで枚方の担当をしたかったんだからな。

「すまん。急ぎの仕事が入ってしまってな。」

「そうですか…。それじゃあ、しょうがないですよね。」

拗ねた枚方の顔を見て今すぐ抱きしめてやりたいと思う気持ちを抑えて、おれの代わりに担当してくれそうな奴を探す。

そうだな。あいつがいい。俺の下について仕事をしている奴だしな。あいつは最近、仕事が一段楽して暇なはずだ。

「おいっ、京橋!」

少し離れたデスクで仕事をしていた京橋は、俺の声を聞いてすぐにやってきた。

「何ですか?」

「今日はあんまり忙しくないか?」

「そうですね、今日はずっとデスクだと思いますけど。」

「枚方の面倒をみてやってくれないか?」

「え…?」

「頼む。」

京橋は少し考えるような顔をした後、すぐに笑顔に戻って快く引き受けてくれた。

「じゃあ枚方くん。僕と一緒に来てくれる?」

「はっ…はい。」

心細い表情で俺を見ながらも、枚方は京橋についていった。

すまんな。

俺は必要な書類を丁寧にファイルにまとめ、一息ついた。後5分ぐらいで出て行かないと、間に合わないかもしれない。枚方の仕事が終わる5時までに戻ってこれるかは微妙な時間だ。出て行く前に枚方のところに寄った。

「枚方。」

「あ…布施さん。」

何だ?こころなし元気がないように見えるが。

「今日で終わりだ。頑張れよ。」

「はい。布施さんも忙しいのに、3日間もありがとうございました。」

「気にするな。じゃあな。」

悲しそうな枚方の目を見てるとその場から離れたくなくなるから、俺は枚方との会話もすぐに終わらして、慌てて会社を出て行った。

 

−枚方 泉−

今日、布施さんが夕方までに帰ってこなかったら、俺、布施さんにもう会えないのかな?用事がないのに会社に来てもしょうがないし…。

はぁ…と溜息をつくと、それを聞いていた京橋さんがこっちをキッと睨んできた。

俺、絶対、京橋さんに嫌われているよな…。何か、すっげー殺気も感じるし。何で嫌われているのかは、何となく分かるけどさ。

これ以上京橋さんの睨みを受けないように、俺は何も話さずにずっと与えられた仕事をした。極力話さないようにするものの、やっぱり分からない所とかは京橋さんに聞くしかない。答えてくれるけど、トゲが入ってるように京橋さんの声が胸にチクチク、チクチクと…。

「枚方くん、ちょっと。」

京橋さんに呼ばれた。さっき分からないことも聞いて、別に呼ばれることもないはずなのに。何を言われんだろ…。

肩を重くしながらも、京橋さんのデスクへと向かった。

「何ですか?」

「お昼休みだから。」

「あ…はい。」

なんだ。それだけか。

あからさまにホッとしてしまった俺を見て、京橋さんは鋭い目つきで俺を睨んで、一言付け加えた。

「話したいことがあるから、お昼食べたらこの階にある隣りの小会議室に来てくれる?」

「わかりました…。じゃあ、失礼します。」

お昼食べた後に会議室。行きたくないってのが俺の本音だ。でも、行かないと…怖い。

はぁ…。

 

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