ビジネスライク(3)
−布施 秋久−
昨日と少し枚方の態度が違う。何だか昨日に比べて緊張が解けたみたいだった。会議の後も、枚方は俺のことを尊敬の眼差しで見ているようなのだ。出来ればもうちょっと違う目で見て欲しいのだが。
お昼休みになって俺は枚方を連れて、食堂に行った。今日の枚方はしっかりと自分の食べたいものを選んでいる。
何だ、肉じゃがが好きなのか。それなら俺がいくらでも作ってやるのに。こう見えても料理は得意なのだが、誰も信じてくれそうにないから言わないが。
いつか作ってやろう。そのためにはもっと仲良くならないと駄目か。
「布施さんっていくつですか?」
「…27だが。」
食べている間、枚方はいろんなことを俺に聞いてきた。
「どこに住んでるんですか?」
「世谷の付近で一人暮しだ。」
「え、そうなんですか?俺、世谷の一つ先の駅なんですよー。意外に近いんですね。もっと大学が遠かったら一人暮ししたかったんですけど、一時間以内でいけるし、する必要がないって親に反対されたんですよね。いいなぁ、一人暮し。」
「そうでもない。」
大学が遠かったら、ここで俺と出会ってないじゃないか。
俺のほうから聞かなくても、枚方のほうから色々と質問をしてくれるからありがたい。必要以外のことを話すのは苦手だ。たとえ相手が気に入っている枚方だとしても。
昼休みを終わり、その後はデスクで仕事をしてもらった。
「あれ〜?おっかしいなぁ。」
俺の隣りのデスクが空いているから、そこに枚方を座らしていた。突然、枚方が黙々と仕事をしていると思ってたら、ぼそっと呟いた。
「どうした?」
「ボールペンがいきなり出なくなっちゃったんですよ。今日はこれしかボールペンもってきてないのに…。」
「これを使え。」
今の今まで使っていた俺のボールペンを、枚方に渡した。
「え?貸してもらってもいいんですか?」
「あぁ。」
会社にならいくらでもボールペンがあるから、1つぐらいどってことない。今、枚方に渡したボールペンは、俺のお気に入りでずっと使っていたものだが。枚方になら良い。他の奴になら、絶対に渡さない所だが、枚方だとすんなり渡してしまう。
枚方にはまっていってるのが、自分でもよく分かる。
「ありがとうございます。助かります。」
枚方にお礼を言われるだけで、すごく嬉しくなる俺だった。
−枚方 泉−
布施さんが優しい。
俺が話し掛けると答えてくれるし、困っていたら助けてくれるし、ただ無表情で無口なだけで、実際はめちゃくちゃ良い人だ。
たまーに話していると、柔らかい顔をしてくるし。何だか布施さんと少し仲良くなった気がする。ボールペンを貸してくれた時もちらっと布施さんの顔を見たら、少し照れてる顔をしてたし。
真剣に仕事をしていると、隣りの布施さんのデスクから話し声が聞こえた。気になって布施さんの方を見ると、凄く綺麗ですらっとしたスタイルのいい……男性、と話をしていた。
誰だろう…?昨日は見てないよな。あんなに綺麗だったら絶対に覚えてるし。綺麗で整った顔をしてるけど、女みたいなんじゃなくて…男としての魅力が…ってゆーか、フェロモンか。
そんな俺の様子に、布施さんが気付いた。
「枚方、こいつ、俺の後輩の京橋。京橋、こっちは実習生の枚方だ。」
「初めまして、枚方です。今日あわせて後3日ですが、よろしくお願いします。」
深々と紹介された京橋さんにお辞儀をした。
「こちらこそ。昨日は僕、風邪で休んでいたら。布施さんに教えてもらってるなんて、すごくラッキーだよ。良かったね。あっ、布施さん、じゃああの件よろしくお願いします。僕は仕事に戻りますので。」
「分かった。」
京橋さんはニコニコとして話していたが、立ち去る時、布施さんに見えないように俺を睨んできた…ような気がした。俺の勘違いかもしれない。初めて合ったの人を睨むわけないと思ったんだ。
けれど、その後仕事をしている俺の脳裏には、さっきの京橋さんが睨んだ時の顔ばかりがチラついて、集中できなかった。おかげで少ししか仕事が進まなくて、布施さんに迷惑をかけてしまった。