unreasonable-first love- <前編>

 

 

 

 

 

大学もとっくに休みに入ったある日、その日は特に用事のなかった智也と、午後になってようやく起き出してきた航は、二人揃ってボケボケと過ごしていた。
館野は仕事だ。

「あ…。そうだ。…なー、智也さんて、最初館野さんのどこに惚れたの?」
「は?なんだよ、いきなり…」

いきなりなんの前ぶれもなく聞かれた質問に、智也は少々面食らう。

「んー、だってさ、館野さんて確かにイイ男だとは思うよ?けど、だからっていきなり惚れたりはしないだろ?男同士なんだし。…ね、なにがきっかけ?」

身を乗り出すような勢いで聞いてくる航の瞳は好奇心に輝いている。

「さーて、なにがきっかけだったかな。ずいぶん前のことだからなぁ…」

おまえはどこの芸能レポーターだよ?と思いながらも、智也は適当にはぐらかす。
いくら航が相手でも、自分の恋愛について語るつもりはさらさらなかった。

「えー。教えてくんないの?」

智也がはぐらかすつもりであることに気づいたのか、航が不満げな声をあげる。

「おまえ、んなもん聞いてどうすんだよ?」
「べっつに。ただ、なんとなく…」
「……」

秋人だな、と智也は思った。
秋人とは、館野よりも長いつき合いで、なんでも話せる仲ではあったが、館野と恋人としてつき合うことになったという結果は報告しても、そのいきさつまでは話していなかった。
もちろん秋人は色々と聞きたがっていたし、しつこいくらい何度も聞かれたのだが、あいにく智也には自分の恋愛について語る趣味はなく、その必要も全くないと思っていたから、一切答えなかったのだ。
そのうち秋人も聞いても無駄だと悟ったのか、諦めた様子を見せていたのだが。

(…あいつもしつこいやつだな)

智也はそっと苦笑した。
おおかた、ふいに昔からの疑問を思い出し、再び智也と館野のはじまりにたいする興味を復活させたのだろう。
でもどうせ自分で聞いても智也は答えないだろうから、ものは試しで航を使ってみた、というのが智也の推測だ。
そして、あのよくまわる口でうまいこと航を丸め込んで、航の好奇心をかき立てることにも成功したのだろう。

「じゃあ、きっかけは諦めるけど、“どこに惚れたか”くらいは教えてよ?」

智也の答えに不満げだった航は、今度はその瞳に強い意志まで露わにして、思わず笑ってしまいそうな真剣な表情で、食い下がってきた。
「絶対聞かなければならない、聞くまで諦めない」といった雰囲気まで醸しだしている。

(そんなに聞きたいのか?)

とてつもなくくだらないことを真剣に聞いてくる航に、智也は笑いをかみ殺す。
いくら単純でくだらない好奇心だとは思っても、そんなに聞きたいのなら教えてやってもいいか、という気になってしまう。
どうやら秋人の作戦は的を得ていたようだ。
だけど―‐。

「んー。できれば教えてやりたいんだけどな、オレにもわかんねーんだよ」
「えぇ?」

苦笑しながらの智也の答えに、航が「またはぐらかすのか?」と、その瞳で抗議してくる。

「いや、マジで」

智也がそうきっぱりと答えると、航は考え込むような表情になる。

「じゃあ、今は?館野さんのどんなところを愛してる?」
「は?」

今まで考えてもみなかったことを航に質問されて、智也は再び面食らう。

「んー。……悪い、それもわかんねー」
「ええーっ!」

少しの間考えてからだした答えに、やはり航は不満げで抗議の声をあげる。
だけど智也にしたら、はぐらかすつもりも、ごまかすつもりもなく、本音で答えただけだ。
「自分は館野のどんなところを愛しているのか」なんて、一度も考えたことはない。
それなのに、急にそんなことを聞かれても「わからない」としか答えようがなかったのだ。

「なんで?なんで教えてくんないんだよ?なに、オレがガキだから?」

バカにしてんのか、と少々不機嫌になってしまった航は、それでも智也には可愛く見える。
だから…というわけではないだろうが、智也はからかい半分の反撃に出た。

「違うって。じゃあ、おまえの話から聞かせてみろよ?人に文句を言うくらいなんだから、おまえはちゃんと話せるんだろ?黒木なんかのどこに惚れて、今はどんなところを愛してるって言うんだ?」

少々意地悪な顔つきになった智也が、航に聞かれたことをそのまま返すと、航は急に不機嫌な表情をひっこめて、落ち着きなく視線を泳がす。
航だって、この手の話に関しては…特に自分のこととなると、話したがらないことは智也にもわかっていた。

「ほら、せっかく人が聞いてやろうってんだから、早く話せよ」

すっかり困った表情になった航を、智也は楽しそうに追いつめる。

「…んだよ、オレのことなんか話す必要ないだろ」

ふてくされた口調で呟くように言う航に、智也は一瞬、さらに楽しそうに笑みを深めるが、それでも許してやる気はないらしい。
しれっとした口調を装い、さらに続けた。

「いーや。話す必要はあるぞ?あいつのどこがそんなにイイんだか、常々気になってはいたんだ。それに、おまえが話してくれたら、オレもおまえに質問にたいする答えに気づくかもしれないだろ?最初に聞き始めたのはおまえの方なんだから、責任もってしっかり答えろよ?」
「あーっ!もうこんな時間だぁ〜!やだなー、バイト行かなきゃ」

智也の話が終わるか終わらないかの時、航がいきなり大きな声でそう言いながら、席を立った。

逃げたな、とは思ったものの、智也はそのまま航を解放してやる。
いつもより少々早いが、それでもバイトへ向かわなければならない時間ではあったし、本気で聞き出したいときには、航に酒を飲ませて酔わせてしまえばいいのだということを知っている智也には余裕があったからだ。
もっとも、航は酒に弱いわけではないから、酔わすと簡単に言っても、それはけっこう大変な作業ではあるのだが。



バタバタと準備していた航がバイトへ行ってしまうと、部屋は急に静かになる。
一人になった智也はなぜだか、先程の航からの質問について考えていた。

『どこに惚れたのか?』と聞かれても、ほんとに智也には答えられない。
あの時、館野が「理屈じゃない」と言ったのを、そのまま鵜呑みにしてしまったのだから、考えもしなかったし、気にもしなかった。
館野に惚れていると自覚するまでには少し悩みもしたが、自覚してしまえばあとはそれに従って行動するのみで、あまり考え事はしなかった。
ただあの頃は、ただ館野を求める自分がいて、館野がそれに応えてくれる、それだけが大切で、他のことはどうでもよかった。
自分の中にある館野に対する熱い思いだけを純粋に信じていた。

(怖いくらい無防備だったんだな…)

今思い返せば、あの頃は本当に館野のことなど、何一つ知らないに等しかった。
それでも、館野の言葉を疑いもせずに信じた自分を智也は不思議にすら思う。
館野のなにが智也をそうさせたのだろうか、と考えてみてもやっぱり答えは出てこない。

人柄や性格を何一つ理解していなかったのだから、その容姿にでも惹かれたのかと仮定してみても、それは違うような気がするのだ。
確かに初めてその顔を見たときには単純に「いい男だ」とは思ったが、それでも館野が智也の好みのタイプだったわけではない。
だいたい男と恋愛をするなどということ自体、想像したこともなかったのだから。
そりゃ、館野が気の毒なくらい不細工なツラだったならば。
いくら中身が同じでも、あんなに熱い思いは生まれなかっただろうとは思う。
それどころか出会って数秒後には、その存在を無視していたかもしれない。
だからといって、智也の中で館野の顔立ちがそれほど重要かといえばそうでもない。
あの出会いの時点での館野の顔立ちに意味を持たせるとしたら、せいぜい智也が館野に興味を持つきっかけ程度のものしかなかっただろう。

寂しかったから誰かを求めたというわけでもないと思う。
寂しさを感じるようになったのは館野と出会ってからだからだし、仮に自分でも気づかないうちにずっと寂しさを感じていたのだとしても、それを自覚させたのは他の誰でもない館野で、館野にしかできなかったと思う。
あの当時から全面的に信頼し、強い絆すら感じていた秋人や洋にさえできなかったのだから。

「やっぱ、『理屈じゃない』…か?」

結局辿り着くのは、やはりあの日館野が言った言葉だ。
何か理由があったわけでもなく、そのための条件が揃っていたわけでもないのに、智也は館野に対して熱い思いを抱いてしまった。
言葉でなど、とてもじゃないけど説明できそうもない。

溜息を一つついた智也は立ち上がると電話へと向かう。
智也が押した短縮番号には館野の携帯の番号が登録されている。
もしかしたら、まだ仕事中かもしれないとは思うが、智也はその短縮番号を押すことを躊躇わない。
館野は無理をしてでも電話に出るようなタイプではないから。

呼び出し音が数回鳴ると

『はい』

と、短いけれども智也の好きな低い声が応答してくる。

「あ、宗二?オレ。まだ仕事?」
『いや、今から帰るところだ。どうした?』
「うん、別にどうもしないけど。ただ、どこかで待ち合わせて飯でも食おうかと思って」
『そうか。…そうだな。じゃ、とりあえずいつもの所に三十分後で大丈夫か?』
「オッケー。じゃ、後で」

館野と約束を交わし、受話器を置いた智也は上機嫌で着替えるために寝室へ向かった。
しばらく待っていれば、館野はこの家に帰ってくることはわかりきっているのに、それすら待てないほど、急に館野に会いたくなったのだ。
ほぼ同棲状態で、毎日を共にしているのに、それでも「会いたい」などという感情がわいてくることが、自分でも不思議でどうかしているとは思うが、けれどそれがすんなりと叶えられることが心地よかった。

 

 

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