unreasonable-first love- <後編>
約束していた時間より十五分ほど遅れて、智也は館野との待ち合わせによく使う喫茶店に到着した。
静かでゆったりとした店内に、智也はすぐに館野の姿を見つける。
「早かったな」
智也が椅子に座ると同時に館野が声をかけてくる。
「まーね。急いできたから」
まるで智也が約束の時間より十五分早く到着したかのような会話だ。
けれど実際、智也の方には時間に遅れたという自覚はないのかもしれない。
館野は時間をきっちり守る方だが、智也はあまり気にしない。
そんな智也を館野も気にしないから、二人の待ち合わせはいつもこんな感じだ。
「待ち合わせ、こんなとこじゃなくて、酒が飲めるところにすればよかったな」
智也は自分の目の前に運ばれたコーヒーを不満げに眺めた。
「なんだ、飲みに行きたいのか?」
「なんとなくなー。うん。久しぶりにゆっくり飲みに行こう」
「そうだな。でも、ちゃんと飯を食ってからだ」
「……わかってるよ」
館野の台詞に、智也はやはり不満げに頷く。
(宗二はこういうところが、あいかわらずオヤジ臭いよな)
さらに心の中でも、不満げな台詞を付け足しながら、それでも懐かしい気持ちで館野を見る。
六年前…あれはやはり初デートということになるのだろうか。
館野に連れて行かれたのはレストランで、そこで智也は館野に食生活について軽い注意を受けた。
(栄養のバランスがどうのこうのなんて、高三の男の言う台詞じゃねーよな)
その時のことを思いだした智也は、思わず笑ってしまう。
「…思い出し笑いか?」
いきなり笑い出した智也を、館野が怪訝そうな目で見る。
「いやー、宗二は変わらないなぁと思って」
「なんだそれ?」
笑いを含んだ口調で答える智也に、館野もつられたように笑みを浮かべる。
「いや、やっぱちょっと変わった…かな?」
智也は今でもはっきりと思い浮かべることのできる六年前の館野と、現実に目の前にいる館野を比べてみる。
高校に入学したばかりの智也からみれば、当時高校三年生になったばかりの館野も大人に見えて、男としての余裕さえ感じさせられた。
現在の館野はといえば、顔つきも体つきもより男らしくなって、それこそ本当に余裕のある大人の男になっている。
今年社会人になったばかりのはずなのに、時には貫禄さえ見せる。
とても自分とは二つしか歳が離れていないとは思えない。
十代の頃の二つの年の差が大きいというのはありがちでよくわかるが、二十代になっても、やはり館野にはそう簡単に追いつけそうもないのが少し悔しい。
(二十代のうちからそんな余裕カマしてたら、三十超えたときにはそれこそ、ほんとに立派なオヤジが出来上がっちゃうんじゃねーの?)
悔し紛れに心の中でそう呟いてみた智也だが、直後に、冗談ではなく本気でそれを心配してしまう。
けれど、それでも「いい男だ」と思わせてくれればそれでいいと、“館野のオヤジ化阻止対策”はとらないことにする。
なにをどうしても、館野は館野にしかならないだろうと漠然と思ったのだ。
「…やっぱ変わらないな」
「どっちなんだ?」
館野をじっと見つめながら、ころころと意見を変える智也に、館野は苦笑する。
「変わらない。宗二は昔も今も変わってない」
「それは、誉め言葉か?それともオレが成長してないって事か?」
断言する智也に、館野は苦笑したまま尋ねる。
「…誉め言葉だよ。あんたは昔っからイイ男だって言ってんの」
「ほー。そりゃどうも」
「成長してないとしたら…むしろオレの方かもな」
「どうして?」
「オレさぁ、いまだに宗二のどこが好きなのかわかんないんだよね…」
智也は今日航と交わした会話を館野に話して聞かせた。
「…宗二に惚れた理由もわからなければ、いま宗二の何を愛しているのかもさっぱりわかんない。理屈じゃないって言われればそうなんだろうけど。でもなぁ・・・」
館野を愛しく思う気持ちは確かにここにあるのに、あまりにも漠然としすぎているのか、それを言葉で現したり、形を持たせることができないのが智也にはひどくもどかしかった。
「…そんな話はこんな所じゃなくて、ベッドの中で聞きたかったな」
微かに笑いながらの館野の台詞に、からかわれたと思った智也はムッとする。
「あんたなぁ…」
けれど、そんな智也の怒りはそう長くは続かない。
しょうがない、と智也は内心で諦める。
思えば昔からこの男は、外ヅラは優等生なくせして、中身はとんでもなかったりしたのだ。
ただのお堅い男じゃなくてよかったと思う反面、ものすごくやっかいな男だとも思うが、それも嫌じゃないのだから仕方がない。
「…オレ達に理由なんていらないだろ?」
「え?」
智也の機嫌が直ったタイミングを見計らうようにして、館野が話しかけた。
「オレ達の間には理由や条件なんてないし、必要ない。…少々、スリリングだとは思うけどな」
「なにが“スリリング”なんだよ?」
「理由すらわからないから、お互い何を努力したらいいのかわからないだろ?嫌われないように努力することくらいなら出来るんだろうけど、嫌われていないだけじゃ、満足できない。・・・違うか?」
館野の台詞に智也は、なるほど、と思い、そして少々不安になる。
今まで、館野の愛を当然のように受け取ってきたが、そこには目には見えない感情しかなく、確かなものなど何もなかったのだ。
自分だけでなく、館野が智也のどこに惚れてくれているかもわからないということに、今になって初めて気づいた。
理由がはっきりしていれば。
その理由になったものを失わないよう努力すればいい。
何か条件が必要なら、条件を満たすよう努力すればいい。
だけど、そんなものは二人の間にはなにもないのだ。
館野の愛情をこれからも独占したいと思っても、智也には何をすればいいのかわからない。
ただでさえ、男同士というリスクがあり、面倒なこともあるのに、関係を維持していくためにできることと言えば、館野が言ったように、嫌われないための努力と、相手を大切にしていくことしかない。
けれど、それだけで相手を独占できるほど世の中甘くないし、簡単なものではないことくらい、智也にもよくわかっている。
「ほんと、スリリング…なんだ」
しみじみと智也が呟くと、館野はにやりと笑って
「でも、その方が毎日楽しいだろ?」
と、余裕でふざけたことを言う。
「…んなこと楽しんでんのかよ?…趣味悪ぃ」
智也は、呆れた、という視線を館野に送り、うんざりとした口調で呟く。
(ほんとうに、オレはこいつの何に惹かれたんだろ?)
と、内心で思い、改めて知りたくなってしまうが、館野を見ているとやはりそんなことはすぐにどうでもよくなってしまう。
館野の全部が好きだなんて言わないし、思わない。
ちょっと気に入らない部分があるのも確かだし、なにより、智也は館野の“全部”なんて知らない。
もっと館野のことが知りたいと思うくらいだ。
つき合って六年も経つというのに、館野を求める気持ちはいっこうに薄らがないようだ。
けれど、たとえ理由なんかわからなくても、館野の全部なんかを知らなくても、自分の気持ちは確かなもので、間違いがないと自信を持って智也は言える。
それだけでも充分すぎるほど幸せだからそれでいいと智也は思う。
「そろそろ行こう…」
そう言って、伝票を手に館野が席を立ち、智也はそれに続く。
店の外にでると、痛いくらいの冷たい風が頬を打つ。
「寒いっ!」
思わず不満を漏らした智也に、館野が苦笑する。
「そう遠くない店だから、ちょっと我慢しろ」
そう言って、すでに次に行く店を決めているらしい館野は、スタスタと速い足取りで歩き始める。
(こんな寒いときに、手すら繋げないなんて不便だよなぁ)
と、内心で愚痴りながら、智也は館野から一歩分遅れて後をついていく。
けれど、その顔には満足げな表情が浮かんでいる。
お互いゲイでもないくせに、それらしい理由もなく男に惚れて、なおかつその想いが通じ合ったなんて奇跡に近い。
その奇跡を手に入れられた幸運を嬉しく思い、心持ち足を早めて一歩分の遅れを取り戻し、館野の隣りに並んだ智也は、館野の横顔を満足げに眺める。
智也の視線に気づいた館野は、にやりとタチの悪い笑みを浮かべ、心持ち声を潜めて囁く。
「けど、航には感謝しないとな。航のおかげで何年かぶりに智也からの愛の告白の言葉を聞けた」
「なっ!…オレがいつそんなもんしたよ?」
驚いた智也は一瞬足を止めてしまったが、すぐさま館野に追いつき抗議した。
「あれは愛の告白以外のなにものでもないだろう?やっぱり、たまにはちゃんと言葉にしてもらうのもいいもんだな」
「違うだろっ!?あれは…」
「今さら照れるなよ」
智也の抗議にも耳を貸さず、満足げに言い放つ館野に智也は呆れて言葉をなくす。
けれど、館野の顔に対智也限定の優しい笑みが浮かんでいるのを見て、今回は智也が譲って、館野の言い分を認めてやることにした。
その館野の微笑みは、目には見えないはずの館野の感情を智也に見せてくれる。
きっと六年の間に、お互いに対する想いの形は微妙に変化してきているのかもしれない。
というより、変わっていなければ嘘だと智也は思う。
その全部を知らないとしても、六年前よりはたくさんの館野を知っているのも事実だ。
館野に対する想いはは六年前よりも落ち着きをもったし、落ち着いた分、深みが増していることを智也は自覚している。
変わらないのは、その根底にある熱い感情くらいだろうか。
きっと館野の想いにも変化はあったはずだ。
けれど館野はその微笑み一つで、たとえ変化していても、そこに智也の望むものが現在もちゃんとあると教えてくれる。
だから館野にもちゃんと現在の自分の想いを知っていて欲しかったし伝えたいと思う。
(ってことは、オレも航や秋人に感謝すべきか?)
六年間、考えもしなかったことを考えさせられ、館野との関係が、どんなに貴重で大切なものか、はっきりと自覚することが出来たし、おまけに無意識ではあったが、愛の告白を言葉で伝えるなどという、滅多に出来ない芸当まで披露することが出来たのだから。
「…今度、航にも旨いものでも奢ってやろう」
改めて自分の幸せをかみしめながら、智也が上機嫌で呟くと、
「そうだな。航も放っておくと、すぐにいい加減な食生活になるからな」
と、館野がすかさず、智也にオヤジくさいと思わせる台詞をかえす。
(……。やっぱりこれだけは、なんとかした方がいいかもしれない)
智也は呆れた視線を館野に送りながら真剣にそう思ったが、そんな館野と、やっぱりそれでもいいかも、と思ってしまう自分がおかしくて、数秒後には堪えきれずに歩きながら笑い出してしまった。
『Edge of Heaven』の10000HITのリク作品です〜。
きゃあぁ〜vv夏乃さま、ありがとうございます!!
すっごくユエがワガママなリクエストしたのにも関わらず、理想どおりのリク小説を頂きましたvv
智也くん、ラブリー可愛いーvv
あ、みなさま、この2人のラブラブ〜なお話は、夏乃さまのサイトでたっぷりと読めますので、絶対に読んでくださいね!!