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智之さんに抱きしめられたまま、僕はすごく穏やかな気持ちで心の中がポッと温かくなった。

 

抱きしめられているだけで、気持ちがすべて伝わってくるみたい。

どうして智之さんの言葉だけを信じなかったんだろう。

本当に僕のことを心配してくれていたのに。

僕のこと、邪魔だなんて思っていなかったのに。

 

「勝手にいなくなって、ごめん…なさい。」

「うん。」

「信じなくて…、ごめんなさい。」

「うん。」

「……好き。大好き……。」

「…知ってるよ。だからこそ、翔くんが居なくなったとき、柄にもなく焦ってしまった。」

「ごめんなさい。」

上から深い溜息が聞こえてきて、慌てて抱きついている手に力を込めた。

「もう二度といなくならないと約束してくれるかな?今度いなくなったら、捕まえて監禁してでも私の側から離れられないようにする。…そういうことを言う私は、怖い?でもそれぐらいに翔くんを愛しているんだ。」

「…ううん。怖くない。すごく…嬉しい。僕は本当に愛されているんだって思える。僕も愛してる。二度と離れたりなんかしない。撫子さんにも、お母さんにも…何を言われても智之さんだけを信じる。」

隙間なくくっついていた身体が離れ、真剣な瞳と視線がぶつかる。

「撫子さんに会ったのかい?」

「……智之さんが…、帰って…こなかった日の朝に…。」

思い出して眼の奥からじわじわと涙があふれてきた。

「あれは!すまない。急ぎの仕事が舞い込んできて徹夜だったんだ。電話をかければよかったんだけど、一日ぐらいなら…そう思った私が馬鹿だったんだ。今度からはどれだけ忙しくても必ず一言だけでも電話するからね。」

「うん。……うん。」

見た事がないぐらいに慌てている智之さんを見て、僕は出かけていた涙が引っ込んでしまった。代わりにクスクスと小さく笑ってしまった。

「良かった…。」

「……?」

「翔くんが笑ってくれて。翔くんの笑顔は私の力の素だから。」

恥ずかしげもなく言われて、僕は首まで真っ赤になった。

 

ずっと玄関にいることに気付いて、お互いの顔を見回してクスッと噴出してしまった。

「リビングに移動しようか。」

促されるようにリビングに入り、ソファに腰をおろした。僕のすぐ横に智之さんが座り、身体を斜めにして僕に話し掛けた。

「撫子さんが何を言ったとしても、私は翔くんしか愛していないから。私を信じてくれるかな?」

「うん。もう…大丈夫。」

「それと…翔くん、お母さんに会ったの?」

「う、ん……。あっ!智之さん、弁護士さんだったの?」

「言ってなかった?」

「知らない。お母さんに聞いて、初めて知った…。」

「ごめんね。私たちはもっと会話をしなければいけなかったね。これからはいっぱい話そう。何でもお互いに言いあえるように。」

智之さんは笑顔で僕の頬に軽くキスをしてくれた。

僕の両手を取って、ぎゅっと握る。

「お母さんに何か言われた?」

「お父さんが死んで…お金が貰う権利があるって。智之さんの家にも行くって言ってた。」

「翔くんがここに居ない間に来たよ。」

「やっぱり来たんだ?」

「翔くんもさっき言った通り私は弁護士だからね。お母さんはもう来ないと思うよ。私がはっきりと権利なんかないと言ったから。これ以上、翔くんに近づくのは私が許さないっていうのも言ったかな。駄目だった?」

「ううん!ありがとう…。僕にはお父さんだけだから。すごく…嬉しい。本当にありがとう……。」

 

その日は、何日かぶりに智之さんと同じベッドで、抱きしめられながら眠りに着いた。

久しぶりにぐっすりと寝ることができた。

 

 

「んっ…。」と身じろぎをして、うっすらと目を開けた。

まだ頭が働かなくてぼぉ〜っとしていると、笑いながらこっちを見ている智之さんと目があった。

「おはよう。よく眠れた?」

「ずっと見てたの?」

「さっき起きたばっかりだよ。翔くんの寝顔が可愛くて可愛くて。」

朝っぱらから恥ずかしい言葉を聞かされて、僕は布団の中に顔ごと潜り込んだ。

「あれ?翔くん?どうして隠れるのかな?」

「智之さんって…実は平気で恥ずかしい言葉口に出すよね。」

布団の中から言ったけれど、ちゃんと聞こえていたみたい。

「翔くんが好きだからだよ。」

「う゛………。」

布団ごと僕を抱きしめて、少しだけ出ている頭のてっぺんに唇を落とされる。こんな甘い朝が訪れるなんて思ってもいなかったから、どうしていいのか分からない。

「今日はお休みを取ったから、一日中一緒にいられるよ。翔くんも、後一日ぐらい学校を休んでも大丈夫でしょう。あ、行ってなかった間は風邪だと電話しておいたからね。」

「智之さんと一日中一緒?」

その言葉にひょこっと顔を出す。目の前にはにっこりと笑った智之さんの顔。

「そう、一日中一緒。今10時だけど、どうする?もう起きる?もうちょっとこのままでいる?」

僕は間にある布団を除けて、智之さんの胸にくっついた。

「もうちょっと…このままいても良い?」

トクトク…と規則正しい音が聞こえてきて安心する。

あんなりぐっすりと寝たのに、また眠くなってきた。

「……しゅ……く……?」

智之さんの声がちゃんと聞こえない。

でも智之さんの温もりがすぐそばにある。

 

僕は智之さんの返事を聞かずに、夢の中へと旅立っていった。

 

 

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03/07/25up