−強く儚い者たち−

<プロローグ>

 

 

今日、父さんと母さんが―――死んだ。

僕の目の前で―――死んだ。

  

三人で乗っていた車の事故だった。

父さんの運転で、レストランに向う途中のこと。

  

そこに……大型のトラックが、僕らの乗った車に突っ込んできた。

トラックが飲酒運転で、赤信号を見落としたのが原因だった。

  

運転席で運転していた父さん。父さんの隣りで、助手席に乗っていた母さん。

そして―――後ろに一人で座っていた、僕。

  

今から何を食べようかと、楽しい話で盛り上がっていたはずだったのに……。

そんな楽しい時間は、数十秒の出来事で、崩れ去った。僕達、家族と共に……………。

  

前に座っていた父さんと母さんは、無残だった。

後ろに座っていた僕一人が、無事だった。

 

最後に聞こえた、父さんと母さんの声―――『充弘(ミツヒロ)、逃げて!!!』

  

どうやって……?

父さんと母さんが、まだ車の中にいるのに…どうやって?

  

目の前が、真っ赤に染まった。そして、その赤は、生暖かかった。

  

前も後ろも右も左も…ここがどこだかも分からない。

胸が圧迫されて、今にも潰れそうな予感。

赤い液体と涙が混じり、目の中に入り込んでくる。痛みを堪(こら)えながら、目を見開いた。

  

目を開けても、目の前は真っ赤だった。

父さんと母さんは、ぐったりとして全身が赤い液体で包まれていた。

 

叫んでいた。

  

「父さん……?母さん……?何で二人とも動かないの?ねぇ、僕一人なんて、いやだよ。ぃ…ゃ…。

……ぃゃだ。……ぃやだ。……いやだ。…いやだ。…いやだ。いやだ。いやだ………………。

うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――。」

 

目の前は、真っ暗な闇に変わった。

 

 

 

僕の目の前で、父さんと母さんが死んだ。

僕の目の前で………。

 

泣いて、叫んで、歪んで、苦しんで、

僕は、自分でも気づかないうちに……一切の表情をなくした。

 

 

 

 .。・:*:・`☆、。・

 

 

 

父さん…母さん………僕を置いていかないで。

僕も一緒に行きたかった。僕一人だけ残されるのは…嫌なんだ。寂しいんだ。悲しいんだ。

 

僕を一人にしないで………。

 

 

父さんと母さんの葬式では、充弘(みつひろ)は一人ぼっちだった。

親戚の人の顔もあまり知らない。あまり交流を取っていなかったからだった。

 

充弘は身動きをせず、2つある箱の前に座っていた。

この中に……父さんと母さんがいるんだ。この棺の中に…。

 

親戚の人たちの話し声が、嫌でも耳に入ってくる。

 

『両親が2人とも死んじゃって、誰が引き取るのかしら?』

『私のとこは無理よ。子供が3人もいるんだから。』

『そんなの、私のとこだって無理だわ。今年2人目の赤ちゃんが生まれるんだもの。』

『今あの子、中学2年生よね?……やっぱり誰か引き取らないと駄目なのかしら?』

 

さっきから、そんな話ばっかりだ。僕が聞いてるって知ってるのだろうか?

僕は…誰の世話にもならない。僕は一人でいい。一人が…いい。

 

「みっちゃんっっっ!!!」

 

ざわざわとしていた葬式の場が、今の声によって静まり返った。

父さんと母さんの棺の前に正座していた充弘は、入り口の方から聞こえてきた声の主の方を振り返った。

入り口から入ってきたのは、潤一郎(じゅんいちろう)…。

 

大久保 潤一郎(おおくぼ じゅんいちろう)だった。

 

「じゅんい…ちろ……?」

 

「みっちゃん…。無事で、無事で良かった。」

 

棺の前にいた充弘のところまで駆け寄って、潤一郎は充弘を力いっぱい抱きしめた。

潤一郎の身体は、少し震えているようだった。

 

僕を…心配しててくれたんだろうか……?

 

「充弘くん…。」

「みっちゃん……。」

 

同時に充弘の名を呼ぶ声が聞こえてきて、潤一郎に抱きしめられながらも、また入り口の方に目をやった。

潤一郎のおじさんと、おばさんだった。

 

「おじさん……、おばさん……。」

 

僕を引き取ることしか考えていない親戚と、僕の心配をしてくれる潤一郎たち。

どっちが大切だと言えるだろう。

 

両親が死んでしまうまで、年に一度は必ずと言っていいほど、充弘の家族と潤一郎の家族はお互いの家を行き来していた。

充弘は連絡をしていなかった。

きっと親戚の誰かが、潤一郎たちのところに電話をしたんだろうと分かる。

 

「みっちゃん…よく無事で。みっちゃんだけでも生きててくれて、本当に良かった。」

おばさんは涙声になりながら、充弘を強く抱きしめた。

 

「ありがとう。僕は、もう…大丈夫だから。」

 

安心させるつもりで、笑顔を見せるつもりだった。けど……充弘は、自分でも忘れていた。

事故が起きた直後から充弘の顔はショックのために、動かなくなってしまっていたことを…。

 

「みっちゃ…ん……?」

充弘の顔が強張っているのを見た潤一郎は、戸惑った。そして、真剣な顔で言い放った。

「今…みっちゃん、笑ったつもりだったの………?」

 

「………そうだよ……。」

 

充弘の言葉を聞いて、潤一郎は顔を苦痛に歪めた。そんな二人のやりとりをそばで聞いていた、おじさんとおばさんは、目を見開いた。

 

どうして充弘がこんな目に!

 

「僕ね、無表情だったでしょ?事故にあってから、笑ったり、怒ったり、悲しんだり出来ないんだ。感情と表情が一緒になくなっちゃったんだ。

涙もね……もう流れないんだ。父さんと母さんのために、泣いてあげることさえ出来ないんだ。」

 

 

悲しみの後には、良いことがあるから……そんな言葉は嘘。

悲しみの後には、人を不幸にもたらすだけ……。

 

 

 

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