Wind in spring

 

 

 

 

 

新緑が芽を出し、麗らかな春の風が吹く今日この頃。
モダンなデザインの校舎で有名な、私立男子校の一室でウトウトと昼寝をして居る者が一人いた。

彼の名前は、仲谷瀬那(なかたに せな)という。
歳は27歳。
身長は成年男子としては平均的な175cmだが細身ので色白なのでどこか病的にも見える。
しかしその彼が着ているのは患者着ではなく、白衣。

そう、瀬那はこの男子校の医務医であるのだ。

「う…ん…」

医務室に並ぶ三つのベッドの向いに割り当てられている自分の机で、 瀬那はペンを手にしたまま
入室記録帳に右頬をくっつけて幸せそうに眠っていた。

柔らかな栗色の髪が窓から吹き込んできた春風に揺れる。

至福の時。

がしかし、それはもうすぐここにやってくる1人の男によって妨害されるのであった…。


ガラガラガラ、と大きな音を立ててドアが開けられ、瀬那はその音に飛び起きて周りを見渡す。
そして入り口に立っている男の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

「もー…岩月先生吃驚するじゃないですか…」
「また寝てたんか!自分ほんま寝るの好きやなぁ〜」
そう言いながら、着ているジャージの上から腕をさすって瀬那の前にやってくるのは
体育教師の岩月純(いわつき じゅん)である。

また怪我ですか?と呆れたように笑いながらも処置セットを置いてあるカートを引き寄せる瀬那に
純はムッと顔を顰めながら傍にある椅子に座った。

「怪我とちゃう、打ち身や」
「血が出てなくても怪我は怪我です。また浅木くんと一悶着したんでしょ?」
ほら、腕を出してくださいと言いながら笑う瀬那に、純はぶっきらぼうにジャージの袖をまくって腕を差し出した。

「先生の方が大人なんですから生徒と喧嘩しないでくださいよ。」
「うるさいなぁ〜アイツが悪いねや。毎回俺の授業にだけ遅刻してくるからやな〜」
「浅木くんは無傷なんですか?」
「いんや。ボコボコにしてやったから拗ねて帰りやがった。」
カッカッカッと誇らしげに笑う純に今度は瀬那が顔を顰め、少し乱暴にシップを貼ると
純は大きな身体をビクンと跳ねて痛がった。

「お前もうちょっと優しくしてくれや」
「何を子供みたいな事を言ってんですか…そんな大きな身体をして。」
「なにぃ〜!」
「浅木くんと先生は身長差が20cmもあるんですよ?それなのに大人気なく…」
「あほ、アイツが小さいだけや。」
「じゃ先生は大きすぎるだけですね。はい、治療は終りましたよ。」

そう言って、瀬那がポンとシップの上を叩くと純は180ある身体を大げさに屈めて痛がるのだった……。

「痛いな〜もぅっ!!」
「そんなに強く叩いてないでしょ?」
大げさな、と言う瀬那に、純は姿勢を元に戻して机にバンと乱暴に手を置いた。

「な、何です?」
「俺が兄貴やったらそんな言い方しーへんやろ?」
ニヤリと笑う純に、瀬那は顔を真っ赤にしてそんな事ないですと怒る。

「いーや。絶対言わへんね。」
なんなら試してみようか?と意地悪く笑い、純は水で後ろに軽く撫で付けてあっただけの漆黒の髪を
指先で崩すと顔つきを少し変えて顔を赤くしたままの瀬那を覗き込んだ。

「瀬那…こっち向いてごらん?」
「っ…、若月先生っ!!止めて下さいっ」
「違うよ…昭仁って言ってごらん?」
「もうっ!!純さんっ!!!」
「ほーれみてみぃ…。ちょっと兄貴の真似しただけで全然ちゃうやんけ」
全く、と呆れたように言い放ち、純は髪形を元に戻すと瀬那の肩を叩いて笑うのだった。

瀬那はまだドキドキと早鐘を打つ心臓を細くて綺麗な指で押え、純をにらむ。

瀬那は純の兄である昭仁の恋人であった。
東京に居た頃出逢ったので、昭仁が大阪から上京してきた事は知っていたが
出てきた大阪に自分と瓜二つの弟が居る事など全く知らなかった。

そんな瀬那が何故、今、純のいる高校で働いているかというと
半月ほど前に昭仁が都内の高校に医務医として配属されたと同時に
瀬那も大阪のこの高校に配属されてしまったからであった。

元々、昭仁は大阪に帰って、この高校に配属が決まっていたのだが
書類上の手続きが不備を出して何故だか瀬那がこちらに配属されてしまったのだった。

二人で大阪で暮らす計画はこうして消えてしまったというわけである。

「昭仁さんに言いつけるよ?」
「言えば?俺、兄貴全然恐くないから」
ふふんと鼻で笑う純に、瀬那はクッと唇を噛む。

「そーいう可愛い顔されても俺はノーマルだから、ぜ〜んぜんっなんとも思わへんよ」
だから無駄無駄、と手を振って言う純に、瀬那はさらに悔しそうに唇を噛み締めたのだった。

「可愛いとかいうな」
「何が?事実やん?」
「いいから言うなっ」
「全然恐くないね〜可愛い瀬那ちゃん。」

コツンと額を突かれ、瀬那の怒りが頂点に達する。

「純っ!!」
「…関西弁で言うたら言わんとったるわ」
「……卑怯者…」
「どーとでも。俺は心配性の兄貴からの毎日の催促でこうして瀬那の貞操を守りに来てやってるんだし
なんて呼ぼうが自由なはずなんやけどね。」
「貞操を守るなんて、そんな必要ないっ!!」
「そ?じゃぁ俺が瀬那にくっついてるように見せるの辞めたら…明日からここはやりたい盛りの男共のハーレムと化すだけやなぁ。」

そんな事ありえない、と言いたいところだが、
就任して僅か三日で何十回と生徒に押し倒されてしまっていた瀬那はグッと堪えて黙るしかなかった。

昔から母親譲りの整った顔の所為で何度も男に襲われかけた過去がある。
いたってノーマルだった瀬那はその度なんとか逃げてはずっとこのままだったらどうしようと絶望を感じていたのだが
ある日、昭仁と出会い絶望が希望に変わった。

昭仁は瀬那をとても大切にしてくれた。
昭仁もまたノーマルだったのだが、二人で一週間ほど海外に旅行に出かけて帰ってくる頃には
相思相愛の仲になっていたのだ。

その旅行で何があったのかは触れないで置く方が懸命と、純は何も聞いてこないが
ひとつだけ暴走している部分があった。

それは、昭仁と瀬那がすでに身体の関係もあると思っていることだった。

それは違うのだ。
二人の関係はこの二十二世紀には珍しい、まだキス止まりの関係なのだ。


「そーなったら、兄貴の可愛い可愛い瀬那ちゃん、餌食になってしまうなぁ〜自分は我慢してんのに
ガキどもにバクバク食べられちゃって。あー可愛そう。」
それは違うと言いたいが、これもまたお子様恋愛とからかわれそうなので瀬那は言い返すのを辞めて
小声で言ったのだった。

「……言わないで。」
「はい?なんか関西弁とちゃう感じやなぁ〜」
「………言わんといて…」
「やれば言えるやないの。」

カッカッカッとまた偉そうに笑う純を瀬那はジトリと睨みつける。

別に関西弁が嫌いだとか、そういうことではない。
ただ…。
うまく言えないのに言うという事が恥ずかしくてしょうがなかったのだ。

昭仁は全く関西弁を話そうとしないし、自分の周りにも今まで関西弁を話す友達が居なかったから
自分の関西弁がたどたどしくて、出来る事なら言いたくないのだ。

「もぅ、早く授業に戻りなよっ!」
いつまでも笑う純にムッとなった瀬那がそう言うと、純はハイハイと適当にあしらうように返事をして立ち上がったのだった…

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午前中にやって来たのは純と一年生の渡辺だけで。
瀬那は昼休みの後は帰っても良いと言われた。

本当に帰っても良いものだろうかと躊躇ったが、教頭が帰ってよしと言うのだから残っているのも変だと
瀬那は医務室に戻ると自分専用のロッカーから私物を取り出し、白衣を脱いで着替えた。

「今からどーしよっかなぁ…」

と呟き、スーツのジャケットに腕を通しながら窓を通して空を見上げる。
青い空に浮かぶ白い雲。
見ているだけで幸せになれてしまう。

「昭仁さん…早くこっちに来ればいいのに。」

東京にだって同じ様な自然はあるが、昭仁が勤めている高校は都心にあり
まわりはビルばかりで見上げる空も狭い。

「そうだ。これ写メールしよ…」
とジャケットのポケットにしまっていた携帯を取り出して、窓を開き空を撮る。

いつも景色や純ばかりで自分の写真を送らない瀬那に、昭仁は「瀬那が見たい」
とメールを返してくるのだが、そんなの恥ずかしくて出来ないというのが瀬那の心境で。
また同じ事を言われるだけかな?と思って折角登録した空の写真を消去したのだった。

「さて、と。」
持って来ていた荷物は財布と携帯、それから車の鍵と家の鍵ぐらいなので
ポケットに全部入詰め込んで、窓の鍵を閉めて部屋を出ようとした瞬間。

ドアが開かれ、そこになんだか思いつめたような表情で立っている生徒が1人居たのだった。

「あ…すいません…先生もうお帰りでしたか?」
そう言って帰ろうと背を向けた生徒の腕を瀬那は慌てて掴むと部屋に入れる。
「構わないよ。どうぞ入って。」
さぁどうぞ、と椅子を差し出しハンガーにかけて直していた白衣を再び羽織る。

「気分でも悪い?」
「……」
椅子に腰掛けたまま俯いている生徒に優しく話し掛けるが返事はなく、
瀬那は少し苦笑して自分も椅子に腰掛けると片付けておいた入室帳を取り出した。

「えっと、名前とクラス言ってもらえる?」
「…1年四組の前島です…」
「前島くんね。先生の許可は得て来た?」
「…はい…」
「怪我…かな?」
「違います。」
「ん…じゃ、ベッドに横になってゆっくりする?それとも早退する?」
「……先生…俺…」
「ん?」

何も言おうとしない前島から無理にここにきた理由を聞き出す事は辞めて
彼がどうしたいのかをゆっくりと優しく聞いていた瀬那は、やっと口を開いた前島をじっと見つめる。

顔色はそんなに悪くないけれど、なんだか空気が重い。
新入生に良くありがちな環境の変化による疲労かも知れないなと考えていると
前島は顔を上げてこう、言ったのだった。

「俺…三年間ここで生き残れるか自信がなくなったんです…」
と。

「生き残れる…か?えっとそれは授業の進み具合が合ってなかったとかそういう事?」
「…いえ。」
「えー…っと…それじゃ…」
何なのだろう?と首を傾げて考え込む瀬那を、突然席を立った前島が肩を掴んで揺らす。

「ふぇ?」
「先生、絶対に誰にも言わへんって約束してくれますか?!!」

突然豹変して興奮状態になっている前島に、瀬那は驚きながらも約束すると何度も頷く。
「ほんまやな?!!」
「う、うん。ほんま…」
「破ったら承知ーへんぞ?!!」
「わ、判った!!けど脅しはやめようよ前島くんっ」

情けない事に瀬那は生徒に脅され、誰も部屋に入れないよう鍵を閉めさせられ
カーテンまで引かされ、薄暗くなったところで、
部屋の真ん中に椅子を並べられて座らさていたのだった。




「で…問題の話って…?」

一体どんな事を相談されるのか、まさか犯罪沙汰???などとビクビクしている瀬那に
前島は深い溜息をついて話し始める………。

前島がこの高校に入学したのは幼馴染の誘いもあってだったという。
近畿でも田舎の地区に住んでいた二人にとってこの高校は憧れの場所でもあり
前島は何の疑いもなく、幼馴染と受験し、受かった。

そして親の仕送りで賄いながら、ボロアパートでの二人暮しが始まったらしいのだが
そこに問題が出てきたのだという。

「生活が合わないとか…なの?」
「そんなんやったら先生に相談しません。」
「あ、…そうだね……じゃ何が問題なの??」
「……俺噂で聞いたんやけど…先生、岩月先生とデキてるんでしょ??」
「ぶっ!!!な、何だってっっ??????」

何を間違えたらそんな噂が立つのだと目を大きくして驚いている瀬那を見て
前島はがっくりと肩を落とす。

「…ちゃうんっすか?」
「違うも何もありえないよっ」
「…じゃ、もういいっす。今の話は忘れてください」
そう言って、部屋を立ち去ろうとする前島を慌てて瀬那は呼び止め
再び椅子につかせる。

「いいから話してごらんよ…ね?」
「デキてなきゃ話したところで意味ないし。」
「…デキてはいないけど仲はいいから男同士の友情についてだったら少しぐらいは相談に…」
「男同士の愛情だとしたらどうです?」
「はい?」

ほら、ね。と失笑する前島に瀬那は口をあけたまま目をパチパチさせているのだった…。

「もういい。帰るわ俺」
「え、えっと、待って。前島くん、それはもしかして君をこの高校に誘った彼が君の事を…」
「そ。ヤりたがっとんねん。」
「……マジで?」
「マジで。」
「…それは大問題…だよね…」
「だから、困ってるって言うたやんか。でも先生どうしたらいいかとか判らんのでしょ?だからもうええねん忘れたって。」

そう言われてすぐ、はい忘れました。と出来るようなものではないので
瀬那は困った時にする癖である、白衣の袖口をいじりながらいい案があるはずだからと前島をその場に留める。

「あ。前島くん彼女とかは?」
「男子校で出来るわけないやん」
「うーん……」
本当にどうしようと、益々考え込んでいる瀬那に前島はいきなり笑い出す。

「へ?前島くん何がおかしいの???」
「先生ってあくまし先生らしくないっすね」
「…そんな…」
「可愛い。」
「なっ!!!!!!」
「俺アイツとは出来へんけど先生やったらいけそうやわ」
「何を言ってんの!!!!」
「あ、そうや。今度アイツに迫られたら俺、先生とデキてるって言えばいいんや。」
「ちょっと!!!待ちなさい何を考えてんの!!」
「あーいいね〜、それで行こうっと。ありかがとーね、センセイ。」

独り納得して手を叩き、瀬那が止めるのにも構わず前島は部屋を去ろうとする。

「前島くん!困るよっ!!!」
「先生は生徒の為に困ってナンボっすよ。センセイ。じゃーね〜」
「ちょっと!!!」

必死になって引きとめようとした瀬那の努力も空しく…
前島は手をヒラヒラと振ると振り返ることなく医務室を出て行ってしまったのだった……。

そして一人残された瀬那はというと、愕然とその場に立ち尽くしており。
偶然医務室の前を通りかかった純が発見するまでずっとそうしていたのだった……。

そんな瀬那の話を聞きながら駐車場まで一緒に歩いていた純は、人事とおなかを抱えて大笑いする。

「瀬那、お前、前島って奴に完全になめられてるでそれ!!」
「うるさいっ!!!それより本当に前島くんが相手の子にいった場合を考えないとやばいのっ!!」
「なんで?いいんとちゃうん?」
「何がいいんとちゃうん?だよ!!」
「だって瀬那には俺の兄貴っていう恋人いるやん?」
「っ…そうだけど!!」
「なんかあればあの兄貴はすっ飛んできて小難しい理論薀蓄たれてガキの争いから瀬那を助け出すに決まってる。」
「…昭仁さんに迷惑かかるのは厭やの!!」
「厭やのって言われてもなー…」
「あっ!!この事は昭仁さんに言わなくていいからねっ!!」
「こんな大事な事黙ってたら俺の方がヤバイちゅーに。」
と、言う純に瀬那は顔面蒼白になって立ち止まる。

「ちょっ、ちょっとそれ冗談でしょ???言わないよね???」
「さーねー。」
「さーねーって!!!純!!!」

今止めなければ本当に報告し兼ねない純に、瀬那は大慌てで後を追い。
純はそんな必死な瀬那に益々大笑いするのだった。

しかし。
そんな二人は、知らなかった。
今その瞬間に東京駅のホームで大阪行きの新幹線を昭仁がウキウキと待っているなんて事は……。

 


『ACCELERATED A GO! GO!』の杷月かのさんから頂きましたvv

ほんとに、ありがと〜〜〜〜〜(ぎゅvv)

実は2万HITのお祝いに書いてくれたらしいんやけど、

ゆえ、忙しさのあまり企画できひんかったから…。

うえ〜ん。ゴメンね、かのさん。

しっかし……かのさん!!どう考えても続くじゃないっすか―――――!!

ちょっぴりお兄さんが早く出てきて欲しいvvとか思っているです♪

続きプリ――ズvv

 

 

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