the present × the future

-現在と未来のはざま-

 

●秋山裕介(あきやまゆうすけ):現在

○長谷川貴志(はせがわたかし):現在

●野川良(のがみりょう):未来

○浅井智(あさいとも):未来

 

 

高校卒業して、大学に入るまでの春休み、僕は不思議な体験をした。今となってはそれはもう遠い話で、夢だったんじゃないかと思うくらい信じられないことだった。

 

「何を考えているんだ?」

窓辺に設置したテーブルとイス。イスに座っていた僕の目の前に入れたばかりの湯気が立っているコーヒーが置かれた。コーヒーのほろ苦い匂いが、僕の鼻を掠める。

「……うん。あの時のことを、ちょっとね。」

「もう、7年、いや、8年になるか。」

「いまでも思うんだ。あれは何だったんだろうって。」

「あれのおかげで俺は裕介(ゆうすけ)と出会えたんだけどな。」

向かいに座った良(りょう)は身を乗り出して、テーブルを挟んで僕に啄ばむだけのキスをした。お互いの唇が離れて、良と目があった後、二人して笑ってしまった。

今はこんなにも幸せだ。

 

8年前、僕はまだ18歳だった。

 

 

 

 

「なぁ、今日は街の裏側まで行ってみようぜ〜。」

「うん。おっけー。」

裕介は貴志(たかし)の提案にすぐに賛成した。

裕介と貴志はもう10年来の友人で、これから入る大学も一緒のところに決まっていた。その間の春休み、教習所に通いながらも暇な日は、二人で自転車に乗って街中を探索していた。

裕介は密かに貴志に恋心を抱いていたが、今までの関係を壊したくなくて言えないままでいた。男同士というのは今の時代、世間からも疎まれる存在で、裕介は貴志のことが好きということに自分自身、抵抗があった。

 

貴志が自転車で行く場所を、裕介がついて行く。そんな感じで2人は今日も街の静かな外れにまで遊びに来ていた。

「ここらは初めて来たよな。」

「そうだね。いつも行くところって決まってたから。」

「たまには知らない場所もいいもんだ。」

街外れに近づくにつれ少しずつ坂道が多くなってきた。貴志のペースについていこうとして裕介は必死になってこいだ。180cmあり筋肉もしっかりとついている貴志にとっては楽勝でも、170cm弱で筋肉もまばらな裕介にとってはしんどい道のりだった。

坂の頂上で貴志は裕介が上がってくるのをまった。裕介は自転車から降りずに上りきることが出来た。

「おぉ。裕介にしては珍しいじゃん。」

「僕だってこれぐらい余裕だよ。………わぁ―――――。」

裕介が自転車から降りて顔を上げると、街を一望できるぐらいの坂の上にいた。夕方の街は太陽で橙色に染まり、風景画のようにも見えた。

「こっから下りだ。一気に行くぞ。」

「任せといて。」

貴志と裕介は同時に坂を下りだした。ブレーキをかけないと一気にスピードが加速していく。春の風は少し冷たかったが、さっきまで坂道を登っていた2人にとっては気持ちいいものだった。

 

そんなとき、下っている坂の真下から眩しい光とともに突風が吹き上がった。同時に2人の身体は浮かび上がり光に包み込まれ、気を失った。

 

 

裕介は自分の頬が軽く叩かれて、声をかけられているのに気がつき瞼を開いた。

「気がついたな。おい、大丈夫か?」

「あれ…、僕は…。」

未だに焦点が合わない。けれど裕介は貴志のことを思い出して、倒れている自分の身体を起こそうとした。2mほど先に貴志はいて、誰かと話している。

「貴志……?」

裕介は貴志の名前を呼ぶと気付いたらしく、裕介のそばにきた。貴志と話していた誰かも一緒に。

「裕介。無事だったんだな。俺も今さっき目が冷めたんだよ。何が起こったんだ?」

「分からない。急に身体が浮いて眩しくて意識が失ったんだ。」

2人で悩んでいると、裕介と貴志を助けてくれたらしい別の2人のうち裕介を起こした方が声をかけてきた。

「おい。とりあえず俺の家に来い。親が医者だから少し見てもらえ。頭とか打ってるかもしれないだろ?あ、俺は良(りょう)ってんだ。そんでもって、こいつは智(とも)。」

「よろしくね。」

良と呼ばれた男は、貴志よりも背が高く、大人っぽい顔つきをしている。それに比べて智と呼ばれた男は、裕介よりも小さく、年齢不詳の顔つきだった。

裕介と貴志はどこか違和感があることに気付いていたが、それが何なのかは、まだ分からなかった。

 

良の家へと連れてこられ、遠慮にも関わらず裕介と貴志は良の父親の検査を受けた。少し自転車から落ちた時に擦りむいた傷以外は、別に目立ったところはない。裕介たち4人は良の部屋へと腰をおろした。

「お前らここらで見ない顔だな?」

良の言葉は正解だった。裕介と貴志は良の家の中を見た時点で、さっきの違和感の意味が分かっていた。良の家の中には見たこともない機械やスイッチがあった。それでも裕介は確かめられずにはいられなかった。

「今、西暦何年?」

「は?お前、やっぱ頭おかしいんじゃねぇの?」

「いいから答えて。」

妙に真剣な顔に、良は頭をポリポリと掻きながら答えた。

「2257年。」

人生何があるか分からない。とはこうゆうことを言うんだな…と裕介は心の中でそんなことを思っていた。

 

どうにかこうにか良と智に説明をして、裕介と貴志は200年以上も前からやってきたと信じてもらえたときには、外はすっかり暗くなっていた。

200年前からやってきた2人にとっては住む場所なんてあるはずもなく、良の家に裕介、智の家に貴志がお邪魔留守ことになった。

 

裕介は良にここの世界の生活のことを聞いた。聞いていくうちに、裕介達の世界よりも少しばかり便利になっているぐらいで、さほど困ることはなさそうだった。

良の説明も一息ついた後、裕介の心に不安がよぎった。

 

−僕達は、いつ、僕達の世界へ帰れるんだろう。

 

「おい。布団はここでいいか?」

「あ、うん。ありがとう。」

「気にするな。」

良は自分のベットのすぐ横に、裕介の寝床を作った。

「お前、あいつのこと好きだろう?」

良の唐突な質問に、裕介は驚き動揺した。けれどそんな自分を表に出さないように平然と答え返した。

「言ってることがよく分からないよ。僕は貴志のこと好きなのは当たり前じゃない。友達なんだから。」

「まぁ、それでもいいさ。」

良は全てを見透かしたように、ニヤリと笑った。裕介は良からの視線をそらして、布団の中に潜り込んだ。布団の上からでもヒシヒシと良の視線が伝わっていたが、今日の疲れもあって裕介はそのまますぐに眠りに着いてしまった。

寝息の聞こえてきた裕介を見て、良はいつになく優しい顔つきで微笑んでいた。

 

 

翌日から裕介や貴志の、ここでの生活が始まった。見かけ年上に見える良や、見かけ中学生に見える智も同い年で、4人が仲良くなるのに時間はかからなかった。

表面上は。

裕介の心には貴志がいる。色恋沙汰が遅い貴志にはまだ言えないままの裕介だったが、最近の貴志の変化にいち早く気がついた。智のところに住まわせてもらっている貴志の心の中に、智という存在が大きくなり始めていた。

 

刻一刻と時間は過ぎていき、裕介と貴志は、きっと戻ることは出来ないだろう…そう思い始めていた。

良と智は、大学に行く用事があると言って、朝早くに出かけてしまった。残された裕介と貴志は、近くにある堤防に腰掛けていた。

「なぁ、裕介。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。」

「うん。」

貴志の言いたいことは、裕介にはもう分かっていた。数日前から貴志が裕介に何かを言おうとしているのに気がついて、裕介の方から2人になるのを避けていたのだ。けれど…これ以上は避けることも出来なくて、裕介は裕介なりに覚悟を決めた。

「同性愛ってどう思う?」

「…うん。」

「俺さ、良と智は付き合ってると思っていたんだよ。ほら、こっちでは同性愛は認められてるって聞いたし。けどさ、この前思い切って智に聞いてみたんだ。」

「答えは?」

「笑って否定されたよ。僕と良のどこを見てそう思ったんだ?ってさ。俺…その時言っちゃったんだよ。智のことが好きだって。」

「そう…なんだ。」

「じゃあ、智も俺のことが好きだって言ってくれたんだ。」

「…………。」

 

−分かっていた。分かっていたけど辛かった。貴志の口から直接言われるのが、こんなにも辛いものだと思わなかった。好きな人の口から、他の好きな人のことを聞かされるのがたまらなく嫌だった。聞きたくない。聞きたくなかったけど、貴志との友情だけは壊したくなかった。

僕は、自分の恋心より、友情を取った。

 

「おめで…とう。」

 

 

その後、裕介は気がついたら良の部屋にいた。貴志に何を言って、いつ帰ったのか覚えていない。良はまだ戻っていないらしく、部屋には裕介が1人でいるだけだった。

ボーッとベッドに寝転びながら入り口のドアを見ていると、ドアがゆっくりと開いて誰かが入ってきた。

「何で俺のベッドで寝てるんだよ。おい、起きてるのか?」

「あ〜、良〜。おかえり〜。」

「語尾を伸ばすな!うざったい。何があったんだ?」

良は部屋に入ったときから、裕介の変化に気がついていた。

「僕…貴志のこと、好きだったんだ。」

「知ってた。前にも言っただろ?」

「なーんだ。良にはバレバレだったんだ。なのにどーして貴志は気付いてくれなかったのかなぁ…。」

ベッドに仰向けに寝転んだまま、裕介は両目から一筋の涙をこぼした。

「俺は裕介のこと、見ていたからな。」

けれど今の裕介には、良の言う意味が分からなかった。

 

 

別れは急に訪れた。それは裕介と貴志が自分たちの世界へと帰る日がやってきたのだ。二人は目に見えるわけでもないけど、どことなく感じるままに以前ここに来た時の場所に向かった。そんな二人の後を、良と智はついていった。

その場所についたとき、微妙に空間が歪んでいた。

「ここだね。これで…下の世界に帰れる。貴志、早く行こう。」

裕介は貴志の腕を引っ張って、空間の歪みに足を踏み込もうとした。けれど、貴志は動こうとしなかった。

「たか…し…?」

「俺は……ここに残る。智と一緒にいたい。離れるなんて出来ない。裕介、母さんと父さんにゴメンと言っておいてくれ。」

「何言って……。」

裕介は動揺していた。

 

−心のどっかで、自分たちの世界に帰れば貴志は智のことを諦めて僕のことを好きになってくれるんじゃないかって思っていた。そんな自分を最低だと思った。貴志は自分の居所がないこの世界に居座るぐらいに、智のことが好きなんだ。僕の立ち入る隙間もない。

 

裕介の手から力が抜けて、貴志の腕から離れていった。貴志から視線を外した裕介の目には、じわりと涙が浮かんで、目の前が霞んでいった。

「……裕介、頼む。」

貴志は大きな目を見開いて驚いている智に近寄り、ぎゅっと抱きしめた。智もおずおずと貴志の背中に手を廻して、泣きながらしがみついた。

「貴志、本当に僕と一緒にいてくれるの?後悔しない?帰りたいって思わない?」

智は一気にまくし立てた。

「後悔なんてしない。俺は智が一番なんだ。どんなことにも代えられないぐらいに智に側にいたい。駄目…か?」

「そんなことない!嬉しい。」

 

 

裕介はそっと歪みの中に入って行った。良は裕介に気付いて声をかけた。

「裕介!」

裕介はチラッと良の方を向いて、悲しそうな笑みを浮かべたまま空間の歪みの中へと消えていった。良の声に気付いて貴志と智も裕介の名前を呼んだが、裕介は二人の方を全く見ることは出来なかった。

 

歪みに吸い込まれるように入った先は、柔らかい黄色い光に包まれていた。それでも裕介は前に進みつづけた。

 

 

パッと視界から光が消えて、馴染みのある町の風景が出てきた。裕介と貴志の住んでいた世界に戻ってきた。裕介が通って来た歪みはだんだんと小さくなっていく。もう、消えてしまう寸前だった。

 

−貴志は、もう戻ってこない。

 

裕介は空間の歪みに背を向けて、自分の住む家へと歩き始めた。

「……待てよ。」

後ろから聞こえてきた声に、裕介は振り返ってひどく驚いた。

「どう…し、て………?」

裕介は目の前にいる良の姿が信じられなかった。そのとき、空間の歪みが消えていった。

「どうして、良がこっちに!?歪みが消えたから、もう帰れないんだよ?」

良は裕介に近づいて、少しかがんで掠め取るようにキスをした。

「こうゆうこと。」

裕介が茫然としていると、良は裕介の手を掴んで歩き出した。

「さっき向こうに歩き始めてたし、裕介の家はこの方向であってるんだよな?」

引きずられるようにして良についていきながらも、裕介は自分の唇を指でなぞっていた。

「ねぇ…良。」

「…………………。」

「何で僕にキスしたの?」

良は足を止めて、真っ赤な顔して振り返った。

「どうしてそんなにニブイんだよ!あ〜もう!お前にキスする理由なんて一つしかないだろう。俺はお前のことが……裕介のことが、好きなんだよ。」

良はまたすぐに顔を背けてしまった。

裕介は身体中が熱くなるのを感じた。貴志に必要とされなかったことにショックを受けていた裕介の凍った心を、良はキス一つで溶かし始めた。

今の裕介に貴志を忘れて良を好きになれと言うのは無理だけど、きっといつか良のことを好きになる日がくるだろう。

裕介は嬉しさでいっぱいになって、ぽろぽろと涙をこぼした。

 

「……ありが、とう。」

 

 

 

 

「あんなに真っ赤になった良を見れたのは、あれが最初で最後かな。」

クスクスと笑いながら裕介は良のいる反対側に移動し、コップをテーブルの上に置いて、イスに座っている良を後ろから抱きしめた。

「裕介だって、ビービー泣いてたくせに。」

「うるさいなぁ…。…ねぇ、良。」

「ん?」

「貴志たち、元気でやってるのかな?」

「あいつらなら、大丈夫だろう。」

良も持っていたコップをテーブルに置いて、後ろで抱きついている裕介を促して向かい合うように自分の膝をまたがせて座らせた。

「そうだね。良、あのとき、僕を追いかけてきてくれて本当にありがとう。すごく嬉しかった。今、僕の側にいるのが良で、僕はとても幸せだよ。」

8年間、ちゃんと口に出して言ったことはなかった。あのときから思っていた言葉を裕介はやっと良に伝える事が出来た。

「俺も裕介を追いかけて本当に良かったよ。裕介のそばに居られるなら、俺もすごく幸せだから。」

 

−8年の歳月は長くて、良がこっちに来てどうなるかと思ったけれど、貴志の存在はこっちではなくなっていて、ないと思っていた良の居場所があった。不思議な体験で僕たちは助けられて、今、一緒に住み、同じ時間を過ごしている。

 

−これからも、同じ時を刻んでいきたい。

 

 

Good End

 

 NOVEL